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 芥川賞作家、津村記久子さんの新刊「ディス・イズ・ザ・デイ」(朝日新聞出版)は、プロサッカー2部リーグを観戦する人たちの悲喜こもごもを描く物語だ。全国各地を拠点とする架空の22チームと、それぞれのチームを応援する人たちが、シーズン最後の試合に臨むまでを連作短編のかたちで紡ぐ。

ただ観てるだけ

 両親と祖母を亡くし2人だけで暮らす奈良の兄弟、上司との関係に悩む盛岡の会社員――。物語に登場する人たちは、それぞれの日常のなかでスタジアムへと足を運ぶ。マスコットと握手したり、屋台の牛串を食べたりしながらチームを応援しているうちに、少しだけ気持ちに整理がついて前を向けるようになる。

 「本人たちがすごく頑張ったとか、すごいギフト(才能)を持っているとかっていうんじゃなくて、ただただサッカーを観(み)てるだけ。けど、その人たちが自分の好きなチームを気にすることで、自分の抱えてる問題とかもちょっとはマシになるようなところを書きたかったんです」

人間の日常書いてきた

 本作は、自身初の新聞連載小説。短編を重ねる形式は、読みそびれても途中から戻ってきやすい作品にするためだったが、一方で、多くのチームや人々が複雑に入り交じる世界を表現する仕組みにもなった。それは、海外サッカーのファンだった津村さんが、初めてJ2の最終節を観たときに感じたことでもある。

 「チームの群像劇やって思ったんですよ。でも、本人たちは何かを演じようとはしていない。ただスタジアムに行って応援してるだけなんやけど、それがいつの間にか、ものすごい物語に巻き込まれていくっていうのがホントに面白いと思ったんです」

 芥川賞を受けた「ポトスライムの舟」(2009年)など、これまで働く人たちを多く書いてきた。だが、「働くことを書いてきたというよりは、人間の日常を書いてきたと思うんですよね。特別じゃない日の積み重ねの結果、ちょっとだけ何かが変わるっていうことを」。本作も、その延長線上にあるのだろう。

 「サッカーをやる人たちは特別やけど、観る人たちは別に特別じゃない。誰にでも開かれてる体験なんです」

ロスゲレロス?

 架空のチーム名を眺めるのも本書の楽しみ方の一つ。見返しには各チームの名称と、装画の内巻敦子さんによるエンブレムが日本地図とともに並ぶ。スペイン語で戦士たちを意味するのに吐瀉物(としゃぶつ)みたいと揶揄(やゆ)される「三鷹ロスゲレロス」、航空機ではなく鳥のミサゴから取られた「オスプレイ嵐山」。これらも一つずつ、自ら考えた。

 「難しかったですねえ。Jリーグのチームの方が面白い名前があって」。J1のベガルタ仙台は七夕まつりにちなみ、織姫(ベガ)と彦星(ひこぼし、アルタイル)を組み合わせた名称だ。「外国人が由来を聞くと感激してたってウェブで読みましたよ。ロマンチックやわ!って」と笑う。「そんなんひとりで思いつくわけないんやけど、決めないとだめなので」。お気に入りは「熱海龍宮クラブ」だとか。

効率とかは度外視

 小説の登場人物たちは、なぜ自分がサッカーを観るのか自問自答する。〈そもそもどうして人間は、サッカーチームなんていうものを好きになるのか〉。実際のサポーターのなかには「チームと苦楽をともにしたい、勝負に一喜一憂したい」と語る人もいる。

 津村さんは「お金を払うからには良い思いだけしたい、楽して何かの上澄みだけほしいと、コストパフォーマンスのことばっかり考えてる人がいる。でも、物事の浮沈の過程を楽しめないことは面白くないですよ」と話す。

 サッカーに限らず、スポーツチームを応援することは、勝ったり負けたりを受け入れることでもある。「効率とかは度外視で、何かの当事者になってみるところから始める人たちの豊かさが、スポーツを観ることにはあって。そこに楽しさがあるんです」

 本体1600円。(山崎聡)