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戦火に焼かれた島々

 欧米や太平洋諸島、日本から、はるかなる海を越えて人々がたどり着き、溶け合った小笠原諸島は、戦争の機運の高まりとともに様変わりする。日本軍の「前線基地」と化していった。

 大平京子さん(96)は父島生まれ。旧姓木村、生まれた時に授かった名はイーデス・ワシントンだった。無人島だった父島に1830年、最初に住み着いた一人で、幕末、「黒船来航」で知られるペリー提督から島の行政長官に任命されたナサニェル・セーボレーの娘エスターの孫だ。

 1930年代、日本軍は小笠原諸島に道路や兵舎を次々と建設。憲兵は欧米系の人々に目を光らせた。ワシントン家は姓を「木村」に変え、大平さんは「意味もわからず、名前は京子にした」。

 太平洋戦争さなかの44年6月15日、硫黄島、父島、母島が初めて空襲された。父島では午後2時ごろ、米海軍の艦載機が頭をかすめるように迫り、機銃を連射。ドラム缶が被弾し、周囲は炎に包まれた。

 父島、母島、硫黄島、北硫黄島…

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