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 夏の甲子園で金属バット導入後、初めて本塁打を放ったのは福井県勢の選手、三国の大神正雄さんだ。

 大神さんは現在61歳、坂井市在住。当時のことを聞くと、「来た球が素直にバットに当たった。どこがバットの芯かもよく分からなかったし、手応えはなかった」と振り返った。淡々とダイヤモンドを回り、本塁に。ベンチに戻った後も、実感はわかなかった。

 その本塁打が出たのは、1974年の第56回大会の上尾(埼玉)戦。三国は相手投手に抑えられ、六回まで無得点。「これが最後の打席かな」。七回、大神さんが真ん中の直球を振り抜くと、打球は右翼ラッキーゾーンに落ちた。

 この年から、高校野球で金属バットの使用が認められるようになった。大神さんは木製のバットをよく折っていたことから、金属バットを進んで使うように。「当たりどころが悪くても外野まで届く。ゴロでも初速が速いし、反発力があるんだと思った」

 大神さんの本塁打で同点に追いついたが、その後は相手に追加点を許し、三国は1―5で敗れた。大神さんにとっては、公式戦で唯一の記念すべき本塁打だ。(平野尚紀)