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 豊田章男社長を経営トップとする体制が10年目に入ったトヨタ自動車。業績は過去最高の水準が続く一方、強みの米国事業に逆風が吹き、競争の環境は激変している。後継育成にも注目が集まる。

 創業家出身の豊田氏は2009年6月に社長就任。08年のリーマン・ショックを機に71年ぶりの営業赤字に転落した直後だった。

 「もっといいクルマづくり」を掲げた新体制は苦難続きだった。米ゼネラル・モーターズ(GM)との合弁工場は閉鎖を迫られ、米国での大規模リコールでは自ら米議会公聴会で証言を求められた。11年の東日本大震災、1ドル=80円を切る超円高にも見舞われた。

 風向きが大きく変わったのは13年以降だ。積み重ねたコスト削減の効果に加え、旗印の「国内生産300万台」が円安局面で収益に貢献。14年の世界販売は初めて1千万台を超え、就任当初より3割増えた。慎重だった工場建設でも、15年にメキシコや中国での計画発表に踏み切った。

 豊田氏は自動車産業について「100年に1度」の変革期と表現し、それにも向き合う。今年1月には、無人宅配車やロボットタクシーにもなる自動運転車のeパレットを発表。祖父の喜一郎が織機から自動車に挑んだ歴史をふまえ、「クルマをつくる会社からモビリティー会社に変える」と宣言した。

 一方、足もとの経営には逆風が吹きつける。主力の米国市場は昨年8年ぶりに減少に転じ、トランプ米大統領は日本からの自動車輸出に高関税をかける構えをみせ、貿易摩擦のリスクがふくらむ。自動車関連の技術に巨額の研究開発費を投入するIT企業が、直接のライバルになってきた。

 1982年の工販合併でトヨタがいまの形になって以降、社長在任歴の最長は豊田章一郎名誉会長の10年2カ月。豊田氏は、あと1年あまりで父に並ぶ。

 16年には「社内カンパニー」をつくり、権限を専務役員クラスに渡して人材を育てようとしている。ただ、17年には昇格直後の副社長が1年弱でポストを外れた。「良くも悪くも章男社長の存在が大きすぎる。後継候補が見当たらない」と話す役員OBもいる。(山本知弘)

豊田社長就任後の主な出来事

2009年  6月 社長就任。創業家出身では14年ぶり

       8月 米ゼネラル・モーターズとの合併工場での生産中止を

          発表。10年4月に閉鎖

  10年  2月 大規模リコール問題で米議会公聴会で豊田社長が証言

  11年  3月 東日本大震災。部品調達が滞り、自動車生産が停止

  14年 12月 燃料電池車「ミライ」発売。暦年の世界販売が1千万台を

          突破

  16年  1月 米国に人工知能研究の子会社TRIを設立

  17年  1月 米大統領就任直前のトランプ氏から批判される。直後に

          1兆円を米国に投じる計画を発表

       8月 マツダに出資。その後、デンソーを交えた電気自動車技術の

          開発会社を設立

  18年  1月 自動運転の試作電気車「eパレット」を発表

2018年  3月 スズキとインドで車両を相互供給へ。アフリカ開拓などの

          協業も5月に発表