岩手野球を変えた「大谷君」 160キロマシンに貼り紙

加茂謙吾
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 「160キロ」。米大リーグで活躍する大谷翔平投手が、2012年夏の岩手大会で投げた球速だ。高校野球史上最速を記録した花巻東のエースを攻略しなければ甲子園には行けない。大谷選手の登場はライバルを強打のチームへと成長させ、岩手の高校野球界を底上げする転機になった。

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 昨夏の甲子園で8強入りした盛岡大付のグラウンド。かつて「大谷君」と呼ばれていたピッチングマシンがある。繰り出す球は最速160キロ。タッチパネルで操作し、変化球の微妙な調整もできる。今も現役で「投手役」を務めている。

 「堅守」の花巻東に対して「豪打」の盛岡大付。その源流は7年前の冬から始まった大谷対策にある。

 「花巻東と同じことをやっていても追いつけないと思った」。盛岡大付の関口清治監督(41)は振り返る。11年秋の県大会準々決勝で大谷投手を擁する花巻東に敗退。走塁や犠打を駆使しても点は取れないと思った。「大谷君から3連打は期待できない。なら2本の長打で点を稼ごう、と開き直った」

 冬には青森の光星学院(現八戸学院光星)を率いた金沢成奉・現明秀日立監督をコーチに招いて近距離打撃に取り組んだ。夏の岩手大会。準決勝で大谷投手が球速160キロを記録すると、決勝での対戦前に、ピッチングマシンに「大谷君」と書いた紙を貼り、最速の160キロの球を打ち込んだ。決勝では大谷投手から本塁打を含む9安打5得点を奪い、勝利をもぎ取った。

 打撃重視のスタイルは今も変わらない。2年前には最速170キロのマシンを導入。豪速球を近距離で打つことで動体視力を鍛え、コンパクトなスイングを身につける。16年夏の甲子園で16強、17年夏も8強入りするのに一役買った。

 今年の打線の中軸を担う佐々木大樹選手(3年)は「試合のときに球が速いと感じなくなった」。練習の大半を打撃に費やす。関口監督は「6年前に急いで作り上げた打力が、いまはチームの代名詞になりつつある」と話す。

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 その盛岡大付が県内の公立校に影響を与えている。17年春の選抜大会に出場した不来方は16年夏の岩手大会で盛岡大付に敗れたのを契機に練習の大半を打撃に費やすようになった。小山健人監督(31)は「いくら守っても点が取れなければ勝機は無いと思い知らされた」。部員が少ないため実践的な守備練習も難しく、「打撃に時間を回す方が効率的」ともいう。

 選手11人の大槌も、打撃練習ではマシンが放つ最速160キロの球を打ち、打撃力を磨いている。コンパクトなスイングやミート力を身につけるのが目的だ。「大谷翔平と思って打つと選手たちも楽しめる」と浅水翔監督(25)は話す。

 花巻東の佐々木洋監督(42)は「盛岡大付にどうやったら勝てるかは、常に意識する」と話す。練習ではシートノックや実戦形式の守備が中心だが、ライバルの台頭に投球打撃などに費やす時間を増やした。「バッテリーが試合を作るのは昔から変わらない。ただ、打てないと勝てないという意識も強くなってきた」

 守りの花巻東と打撃の盛岡大付。「2強」の相互作用が岩手の高校野球のレベルを上げている。加茂謙吾

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 〈岩手代表の甲子園戦績〉 1973年に盛岡三が3回戦に進出して以来、岩手県勢は30年あまり夏の甲子園で2勝以上できなかった。一方、2009年に花巻東が4強入りして以降は15勝9敗。11年以降の夏の甲子園には花巻東と盛岡大付がほぼ毎年交互に出場しており、「2強」を形成している。