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 EXILE兼GENERATIONSのメンバーとして活動する関口メンディーさん(27)は、高校では郁文館の硬式野球部に所属した。白球を追い続けた日々が、現在の活躍につながっていた。

 パフォーマーとしての今の自分の考え方や基本は、野球があったから。高2の時にケガをして、その時に本屋で「うねり打法」という打撃の本を見つけた。それから体の動かし方に興味を持つようになって、研究するようになりました。

 ダンスも体の構造を気にする必要があります。ただ腕を回すんじゃなくて、肩甲骨から動かす。体を大きく見せるには、どうすればいいか考える。今だと、ダンスがうまい人を研究し、家でもダンスの基本を練習しています。

 プロ野球の始球式を担当することになったのをきっかけに、野球教室に通って、投げ方を勉強しました。そこで教えてもらった投げ方は、まったく初めてのもの。今までは投げ方に関しては、体の使い方を意識していなかったんだなと気づかされました。

 2年前にテレビ番組で投げた時は134キロぐらい。今だったらもっと投げられるかもしれないです。

 野球は6歳ぐらいから始めて、小学校低学年の時はずっとファースト。小学校高学年の頃はサードと投手。体は大きかったので、球はけっこう速かったと思います。

 小学校の頃はランニングホームラン、ツーベースヒットなどまんべんなく打っていた記憶があります。初球から打つのが好きで、野球の成績は小学校のころが一番よかった。その頃からプロ野球選手になることを夢見ていました。

 レベルの高いところで野球をしたいと思い、中学では硬式野球のボーイズリーグのチームに。自転車で40分ぐらいかけて、チームの練習に行っていました。仲間と練習できない分、一人でできることはずっとやっていて、自宅近所の公園の砂場でよくバットで素振りをしましたね。

 挫折じゃないけど、中学は周りにすごくうまい人が多くいたし、硬式にかわると意外に打球が飛ばないし、守備でもボールが硬くて怖いなと。プロ野球選手は難しいなと思うようになったけど、野球を続けられたのは好きだったからだと思います。

 中学の先輩は推薦で野球の強豪校に進む人もいた。自分もそうなりたかったけど、そこまでレベルを上げられず、スポーツクラスをつくるので来ないか、と誘われて入ったのが自分の高校でした。

 最後の夏の試合は初戦負けで、悔しかったなぁ。僕は3安打だったけど、ほかのみんなは打てなくて。チームスポーツなので、やっぱり自分だけ頑張ってもダメ。当時は、周りを巻き込む力は自分になかったのかなと思います。

 大学のセレクションに受からず、そこで野球をやめました。ただ自分なりに野球を一生懸命やってきたのは間違いない。それは自信をもっていいと思っています。

 今だけじゃなくて、なにごとも一生懸命にやり続けると必ずいいことがある。人生には浮き沈みはあるけれど、そういう時は自分が何をしてきたかを考えれば、やるべきことがわかってくる。野球も含めて僕は一生懸命やってきただけ。だから今、迷いはありません。とにかく今はパフォーマンスに集中しています。

 失敗しても、すべて経験として、今後に生きてくる。どんなすごい人でも間違えることはあるし、失敗しない人なんていないのだから。その後にどうするかが一番大事だと思います。(構成・阿部健祐)

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 せきぐち・めんでぃー 1991年、米ニュージャージー州生まれ。2012年、GENERATIONSのパフォーマーとしてデビュー。14年、EXILEに加入し、16年からはHONEST BOYZとしても活動。182センチ。

 7月25日にEXILEのオリジナルアルバム「STAR OF WISH」がリリースされ、9月からは3年ぶりとなるEXILEのドームツアー「EXILE LIVE TOUR 2018―2019 ”STAR OF WISH”」が開催され、全国で公演が予定されている。