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 島が動いている……。

 99年夏の甲子園。久賀(山口)を監督として率いた大浪定之さん(58)は、そう錯覚した。

 初戦で旭川実(北北海道)に1―5で敗れ、三塁側アルプスに駆け寄ったときのこと。詰めかけた島民たちが次々と立ち上がるのを見て、鳥肌が立った。

 瀬戸内海に浮かぶ山口県東部の周防大島。当時の人口は2万4千人ほど。4割が高齢者で「大往生の島」と呼ばれた。久賀はここにあった過疎校だ。

 大浪監督は同校OB。赴任後約10年かけて強豪校に育て上げ、この年、山口大会を制する。球児らを乗せたバスは、学校の敷地内へ入れなかった。校門前は、待ち受けた大勢の島民たちがごった返していた。そんな風景を当時の選手の新山晴久さん(37)は今も鮮明に覚えている。

 「『応援に行かれますか』が、あいさつがわりです。これほど活気づき、町全体が心を一つにしたことがあったでしょうか」

 朝日新聞の当時の「声」欄には、島民の喜ぶ様子が読者から寄せられた。

 島民たちはバス50台で甲子園へ向かった。アルプス席には6千人が集結。入れなかった人たちは外野席にも流れた。大舞台でも堂々と戦った選手たちに惜しみない拍手が送られた。

 前年の甲子園では、横浜の松坂大輔投手が活躍。久賀のプレーに高校野球の原点を見た作詞家の阿久悠さん(故人)は「怪物のいない夏は」という詩を寄せた。

 「怪物のいない夏は/少年を見よう/怪物に驚嘆することもいいが/少年の顔と姿に出会うことも/なかなか捨て難い」

 大浪監督は、その後も山口県内の公立の過疎校を渡り歩く。華陵を初の甲子園へ導き、現在、監督を務める熊毛南も甲子園を狙える実力を蓄えつつある。

 めざすのは「愛される野球部」だ。選手たちは近所の人が通りかかれば、練習をやめてあいさつする。過疎の街で部員が少なくても、あのとき、島が動いたように、まわりの応援がチームの力になるからだ。

 「地域も学校も、人々も一つにしてくれるのが、高校野球だと思うんです」(角詠之)

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