日韓国交正常化(1965年)をめぐる交渉を政治決着させ、その後も知日派として長く日韓のパイプ役を務めた韓国元首相の金鍾泌(キムジョンピル)さんが23日午前、ソウル市内で死去した。92歳だった。搬送先の病院関係者が明らかにした。故朴正熙(パクチョンヒ)元大統領の側近として活躍。故金泳三(キムヨンサム)、故金大中(キムデジュン)両元大統領とともに「三金」と称された、韓国政界の重鎮だった。

 23日朝、ソウル市内の自宅で呼吸困難に陥った。市内の病院に搬送されたが、死亡が確認されたという。

 朴氏が起こした61年5月の軍事クーデターに参加。軍事政権が創設した中央情報部(KCIA、国家情報院の前身)の初代部長に登用された。

 朴氏とともに日韓国交正常化を推進した。62年秋に訪日し、当時の大平正芳外相と会談。国交正常化後の日本の経済支援について「無償支援3億ドル、有償支援2億ドル」などとした「大平・金メモ」に合意した。

 73年8月に東京で起きた金大中氏拉致事件にKCIAが関与していた疑いが強まると、首相だった同年11月、当時の田中角栄首相と会談して日本が捜査を事実上、終結させることで合意した。

 87年に実施された大統領選に金泳三、金大中氏らとともに立候補したが、与党候補の盧泰愚(ノテウ)氏に敗北。金大中政権で首相に就いた。2004年の総選挙で落選し、政界を引退した。

 日本語を駆使し、故竹下登、故小渕恵三両元首相や、中曽根康弘元首相、小沢一郎自由党代表らと親交を結ぶなど日本政界に幅広い人脈を誇った。韓日議員連盟の会長も務め、懸案解決に貢献する一方、水面下での交渉を得意とする政治手法は「日韓癒着」を招いたとの指摘もあった。(ソウル=牧野愛博)