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 2015年の夏。龍谷(佐賀)の1年、松田優実さんは甲子園のアルプス席にいた。ベンチにいる記録員の先輩がまぶしかった。

 中学はソフトボール部。4番打者として活躍した。「甲子園に行きたい」と合格した公立校を蹴って龍谷へ進み、迷わず野球部のマネジャーに。その年、チームは佐賀代表になった。

 だが翌年、2年夏の佐賀大会中に部員の喫煙が発覚した。準決勝に進んでいたが、出場を辞退。1カ月間の自粛中は「何でこんなことに」と思いながら草むしりや清掃に明け暮れた。

 一部の選手はやる気をなくし、練習中でも鬼ごっこをしたり、おしゃべりしたり。「自分は力になれていない」。悔しさを抑えきれなくなり、2年生の20人ほどを集め言った。「何しよると。支えてくれる人たちに恩返ししようと思わないの」。泣きながら訴えた。

 迎えた最後の夏。初戦は強豪の佐賀商だった。延長までもつれたが、サヨナラ負け。それでも「あきらめずに戦ってくれた。甲子園でスコアをつけることはできなかったが、このチームでよかった」と思った。

 当時の主将、矢野駿典さん(19)は「優実が僕にカツを入れてくれ、チームをまとめることができた。優実も最後まで僕らと一緒に戦ってくれた」と言う。

 松田さんは今、19歳。大学1年生で、佐賀からも野球からも離れている。今回、矢野さんの思いを初めて知り、「一方的に仲間だと思っていたけど、あっちも仲間と思ってくれてたんだ。率直にうれしいです」。(角詠之)