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 大熱戦となったサッカー・ワールドカップの日本―セネガル戦。作家の太宰治だったら、どんな観戦記を書いたでしょうか。話題となった著書「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」の筆者の一人、菊池良さんに執筆していただきました。

     ◇

 端の多い生涯を送って来ました(サイドバックなので)。

 私はサッカアの結果を語るのも、聞くのもいやなのです。戦いのあとには犠牲者しかいません。

 「セネガルが相手のこの試合に勝てば、決勝トーナメント進出が決まるかもしれない」

 私はおそろしさにがたがた震える思いでテレビを見つめていました。試合は先行するセネガルに対して乾が取り返す、しかし再び一点を取られる、といった有り様でした。

 ああ、ボウルを失うということは、なんとおそろしい、救いの無い地獄なのだろう。そう震えおののいていると、隣で見ていた家内がしきりに言うのです。

 「縦に早く、縦に早く」

 私は蹴りたい人だけが蹴ればよい、と思いました。しかし、家内はちがうようです。

 「デュエルしなさい、デュエル」

 そう命令口調で言うのです。ふと、これは何だかおかしいなと気がつきました。

 「おい、お前、監督はもうハリルホジッチじゃないよ」と言いかけて、思わず私は笑ってしまいました。家内がそのことを知らないはずないのです。日本の監督は、西野朗。セネガルの監督の名前は、アリウ・シセ。

 私が笑っていると、家内が面白くも何とも無いという顔をして、「なぜ、応援しないの」と言いました。私は震撼しました。サッカアに、全くの無関心であることが見破られていたのです。

 「そりゃ、お前、なぜって、……」

 後半も三十三分をまわったところで、テレビから歓声があがりました。本田が同点のゴオルを決めたのです。私は、油汗を流しながら、必死のサーヴィスを演じて言いました。

 「……大迫半端ないって」

 眼の前には、あざやかな地獄がひろがっています。

 M・C マイ・センタアハーフ。

 平成三十年六月二十五日。

(その後、試合は引き分けに終わり、西野監督は「勝ちきりたかった。死力を尽くした」との談話を発表した)

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菊池良(きくち・りょう)

1987年生まれ。ライター、編集者。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。