【動画】乳がんをなぜ公表したのかについて話す元SKE48の矢方美紀さん=吉本美奈子撮影
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 元SKE48のメンバーでタレントの矢方美紀さん(26)は4月、乳がんの手術を受けたことを公表しました。告知されたときの受け止めや、周囲に伝える際の思いについて聞きました。

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 昨年12月、乳がんのテレビ番組を見たのをきっかけに自分で触診したら左胸にぽっこりしたものを見つけ、1月に乳がんと診断されました。ショックでした。がんって、こんなに重い言葉だったとは。理不尽さ、怒り、不安で心がぐちゃぐちゃになりました。

 告知を聞いた日も、いつも通り洋服屋さんでバイトをしました。8時間。病気のことを考えない時間はありがたかったです。17歳でデビューしてから仕事は私の生きがい。絶対諦めたくないと思いました。

 一緒に暮らす母(47)と弟(23)に伝えると、淡々と受け止めてくれました。「いつも通り」は最強です。

 親しい友人と仕事先の一部に伝えると、戸惑って会話が続かない。治療法の選択、心の葛藤だけでなく周囲への伝え方にも悩みました。

 しばらく仕事を続けながら検査のために通院をする日々。その間、ブログで闘病記を読んだり、経験者に話を聞いたり。次第にこの経験をプラスに変えたいと思うようになりました。休養に入った3月には、病名を告げて相手が戸惑っても、「私、死なないから大丈夫!」と自然に言えるようになっていましたね。

 4月初旬、全摘手術を受けました。仕事に復帰する時、公表についてすごく悩みました。胸を半分失った。そのことを面識のない人にまで伝えることに、強い抵抗感がありました。

 でも、リンパ転移があったので、抗がん剤治療は不可避でした。病気を伏せたら、あらぬ誤解を招いたり、自分の気持ちをありのまま伝えられなくなったりする。それではファンも大事にできないし、自分らしくいられない……。悩んでいるとき、友人が「胸が片方なくても、あなたはあなた。価値は少しも減らないよ」て言ってくれて。理解者がたくさんいたので、偏見にさらされるリスクも覚悟で公表に踏み切りました。

 想像をはるかに超えて「すごい勇気ある決断」だと、多くの人からエールを頂きました。治療も、これからの人生も頑張ろうと思えた。誰かの役に立ちたいという気持ちも強くなりました。

 公表後、実は母が、姉が、友人が……と私に打ち明けてくれる人が多いです。経験者でない人に伝えるのは本当に難しい。だから人は病を伏せる。だけど、病気と闘っていると孤独になりがち。公表は強制されるものではないけれど、伝えやすい空気がある方がいいと思います。周囲が「ひとりじゃない」とサインを送れる社会だといいと思います。

 言われてイヤだったのは、「つらいと思うけど、頑張って」ですね。かわいそうだと思われたくない。逆にうれしいのは、たわいのない会話。日常に一番癒やされます。

 今、抗がん剤治療をしながらでも、普通に働いて、ごはんを食べて、買い物も楽しめています。「病気=働けない」というイメージを取り払いたい。仕事を諦めない。自分に素直でいられる環境をつくる。へこたれない。この三つを貫くために公表したら、多くの人とつながれた。良かったって、心から思えています。(聞き手・山内深紗子)

高橋都・国立がん研究センターがんサバイバーシップ支援部長

 ここ20年ほどで国内外でがんを公表する著名人が増え、社会的に活躍する人も多くなってきました。がんは珍しいことではなく、すぐ人生の終わりに直結するわけではないという理解が進んできました。

 ですが今でも、自分や大切な人ががんとわかったら動揺します。「治るんでしょ」とか「切っちゃえば大丈夫」といった反応をされて、傷つく人もたくさんいます。

 がんと診断されたことを周囲に言うか言わないか、誰に言うか。その人それぞれで答えはありません。自分にとってどういう形が自然なのか、その人が一番心地のよい、つらくない方法を時間をかけて考えていけばよいのだと思います。

 伝えられる側の家族や友人も、自然体でいられないのが普通です。がんを真正面から話題にしていいのか、避けた方がいいのか迷います。

 患者会のアンケートで、がんを伝えたときうれしかったことを聞くと、「相手が落ち着いて受け止めてくれた」「黙って話を聞いてくれた」と答える人が多いです。一緒に考えて、悩むことが大事なのではないでしょうか。

 「自分はこうしたい」「どうしたい?」と素直な思いを互いに話せるといいですね。ときには弱音を吐いてもいいと思います。本人が求めていることが伝わると、すごく喜ばれます。言葉にできなくても、日常生活を助けてくれたり、笑わせてくれたり。黙って手を握る、抱きしめる。そうやって心を通わせることもあると思います。

 時間の経過とともに、本人や周りの受け止め方、状況も変わっていきます。先のことを考えすぎず、今を大切にしてください。(聞き手・土肥修一)

朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

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●「10代で発病し、入院中は治療もうまくいくか分からず親しい人にしか病気のことを伝えられなかったが、退院後から少しずつ周りにも病気のことを話すようになり、様々なご縁から講演やサバイバーの活動にも参加するようになったことで、自分の体験を生かせる場が増え、自分の経験を社会に生かしたいと思うようになった。誰でもできることではないし、共に闘ってきた仲間たちの思いも込めて、自分にできることを、伝えられることを伝えていきたいと思う」(兵庫県・20代女性)

●「明日から休職という日、上司に呼ばれ『明日から本当に困る。一日も早く帰ってきてほしい』と言われて、激しい動揺と怒りを覚えた。私の場合、告知から手術での休職まで2カ月あり、休職届も2カ月前に出していた。2カ月間、残業を続け、迷惑がかからないよう、考えられる限りの手を打ったのに、と思うと体が震えた。帰宅してから『今まで頑張ってくれてありがとう、安心して休みなさい』と言ってほしかったんだなあ、と思った。同僚が休むことがあったら『安心して休んで』と言おうと思う」(島根県・50代女性)

●「今から5年前に血液のがんが発見されました。見つかってから約1カ月で入院治療が始まり、4カ月後退院することができました。入院する前までは『悲劇のヒロイン』と思っていましたが、入院して、ヒロインなんかとんでもないと思い直しました。短期間で治療が終わる、効果がある治療薬がある、入院期間でも働かずに生活することができる、周りに支えてくれる人がたくさんいる。置かれている環境は恵まれていると感じました。治療は苦しいものでしたが、今は教員として働いています。『がん教育』が学校で始まります。教えるために自分の経験は最大の強みと思っていますが、いまだに目の前の生徒に伝える方法がわからないでいます」(東京都・30代女性)

●「『聞かれれば答える』と言うスタンスです。44歳でがんが見つかり60歳で仕事をやめました。元来丈夫な上に職場での上司、部下にも恵まれ無事に過ごしてこれました。3年前に再発し現在治療中です。病気は人それぞれの受け止め方がありますので良かれと思って言うのでしょうが、やはり静かに見守って頂きたいと思います」(東京都・60代女性)

●「一度がんになると、なった人にしかわからない恐怖がつきまといます。普段は転移のことなど気にせず明るく過ごすようにしていますが、定期検診の前など、内心、気が狂いそうになっています。もちろん家族もがんのことは知っていますが、本当の気持ちは誰にもわかりません。元気に振る舞っていれば元気なのだと思うだけです。意外と孤独に恐怖と闘っているのだとみんなにわかってほしいです」(千葉県・40代女性)

●「乳がんに37歳で罹患(りかん)しました。人間ドックで分かりました。早期だったので、全摘してホルモン療法。仕事は、2カ月だけ休み、すぐにフルで復職。前向きに元気にバリバリ働いています。でも、職場でどこまで伝えるかは、悩みました。心配から制限されるのではと、キャリア積めなくなるのではと。今も不安はあります。社内に気軽に相談できる先輩社員がいればいいなと思います。子育てや介護と同じようにがんも普通に言えて、フラットに話せる文化を作っていきたい。そのために、少しずつですが、周りに伝えるようになりました。隠していると、病気にかかった自分を否定しているようで。しんどくなります。ダイバーシティーを実現したい」(兵庫県・30代女性)

●「体調に合わせて仕事量を調節したいが、どの職務を免除してもらうか、雇用者側の意見とこちらの希望の折り合いがうまくいかず、結局仕事が減らない。仕事の優先順位をつけるのが非常に難しい。しんどそうにしているのも何だかなぁと思うので、体調の悪いときも普段と同じようにふるまっていたら、何も配慮をしてもらえなかった。どうすればよいのかわからない。職場に横になれる場所がないので、とにかく仕事をしているしかなく、つらいときがある。休養のため有給休暇を申請したら、詳しい説明を求められたので、結局知られたくない人にまで病気のことを知られてしまった」(兵庫県・50代女性)

●「病気について不十分な知識でアレコレ助言するのはやめて欲しい」(千葉県・50代女性)

●「夫に伝えただけです。子どもの人生に影響を与えるので」(奈良県・60代女性)

●「大きな不安の中で乳がんの部分切除術を受けた。主治医の『長い付き合いになるので、お互い何でも話しましょう』という言葉に救われた。納得いくまで相談できたことで、抗がん剤や放射線は受けないと決めた。再発の不安は常に頭を離れなかったが、この決断を後悔することはなかった。しかし、心を安定させる方法がわからず『弱い自分が情けない』と訴えたところ『弱くていいじゃないですか』と。その一言に衝撃を受け、人はどんな時にも強くあるべき、弱音を吐かず頑張らねばならないという呪縛からようやく解放され、良い人をやめ、がんを治すと決めた。食事を見直し自分の心に従いやりたいことを優先させた。がんはつらいが生き方を見直す機会にもなった」(熊本県・60代女性)

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