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 「トミー・ジョン手術」。松坂(中日)やダルビッシュ(カブス)らも受けた、「ひじの内側側副靱帯(ないそくそくふくじんたい)再建手術」の通称だ。6月、ある高校生投手が受けたトミー・ジョン手術に立ち会った。「もっと早く痛いと言えばよかった」。この投手の言葉から、日本球界が抱える一つの問題が浮かび上がる。

 右ひじにメスが走る。約12センチにわたり、ぱっくりと切り開かれた。「ほら、もうペラペラでしょう。本当はこれがピンッと張っていなきゃいけないんです」。慶友整形外科病院(群馬県館林市)の手術室。執刀する古島弘三・スポーツ医学センター長が、白いひも状のものをピンセットでつまみながら言った。傷んで機能しなくなった靱帯だ。

 手術はまず、右の前腕部にある「長掌筋腱(ちょうしょうきんけん)」を取り出すことから始まった。「人間が四足歩行だった時に発達していた腱」(古島さん)で、取っても生活に支障がないという。これをひじに移植する。いわば「新たな靱帯」だ。ひじの骨に穴をあけ、20センチ近くある長掌筋腱を通して固定する。全身麻酔で行われた手術は約1時間に及んだ。

 甲子園出場経験もある関東の強豪校に通うこの投手は3年生。手術後はリハビリから始め、本格的な投球再開は1年数カ月後になるのが一般的だ。「甲子園の夢はあきらめ、大学で頑張ろう」と手術を決断した。

 思い返せば、ひじが最初に痛くなったのは小学6年の頃だったという。

 診断は「剝離(はくり)骨折」だったが、「チームに自分しか投げる投手がおらず、投げられないとは言えなかった」と、治療せずに投げ続けた。そのうち、痛みがなくなったため、「治った」と思っていた。

 しかし、高校入学時に検査を受けると「骨がくっついていなかった」。それでも、痛みがないため、投げ続けた。すると、高校2年の冬、ひじに「張り」が出た。ここでも、「痛いと言い出せなかった」。今年3月、練習試合の先発前にブルペンで投げていると、「張り」は「激痛」に変わった。「ほかの投手に迷惑をかけたくない」と、この試合も3イニングを投げた。痛くて右腕の曲げ伸ばしができず、風呂で頭を洗うこともできなくなって、ようやく病院へ。手術が決まった。

 「剝離骨折を治療しなかったことが今回のけがに影響しているのは間違いない」と古島さんは言う。

 慶友整形外科には、野球関連の新規患者が年間800人ほど訪れ、そのうちの約4分の3が高校生以下という。古島さんは「痛めるほどやるべきではないし、痛くなったらすぐに休むべき。休めば回復することも多い」と強調する。特に成長期は骨がまだ軟らかく、痛めやすい。「高校生で痛める選手のほとんどは、小・中学時代にけがの経験がある。繰り返すんです」

 古島さんは昨冬、大リーガーが多数輩出するドミニカ共和国を視察し、野球をする約140人の小・中学生を対象に肩ひじの検診を行った。日本の検診では3~8%の割合で障害が見つかるのに、一人もいなかったという。「ドミニカでは守備練習でも球数に気をつかっていた。子どもにけがをさせた指導者はクビになるそうです。けが予防に対する意識の高さを感じました」

 子どもが「痛い」と言える空気を作ること。そもそも、「痛い」という状態にさせないこと……。この高校生投手のチームでは、「痛かったらすぐに言うように」と指導されている。それでも、言い出せない生徒はいる。指導者には、異変を見逃さない役割が求められる。

 「我慢せずに言えばよかった」と悔いる彼の手術を終え、古島さんは言った。「大人が、大事に大事に育てる意識を持ってほしい」(山口史朗

出づらい自覚症状

 肩やひじを痛めるリスクが高いのは、小学校高学年から中学の成長期。神戸市中央区の「あんしんクリニック」では、小中学生を対象に無料でエコー(超音波)検査を開いてきた。2016年度は4回の実施で県内外の約780人が受診。17年度も4回実施し、約830人が受けた。

 同クリニックが特に注視していたのが、ひじの軟骨がはがれて“虫食い”のような状態になる「離断性骨軟骨炎」(OCD)。16年度にOCDの疑いがあったのは19選手で、17年度は8人だった。

 受診者全体における割合は少ないが、クリニック側の危機感は強い。なぜなら、OCDは自覚症状が出づらく、重症化すれば競技だけでなく一般生活にも支障をきたすからだ。早期発見が、何よりも大事になってくる。

 検診を担当する同クリニック理学療法士の米澤直樹さんは、「(小中学生には)痛みがなくても、年に一度は検診を受けてほしい」と訴えている。(小俣勇貴