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 今年で第100回を迎える全国高校野球選手権で、1931年に日本統治下だった台湾から出場した嘉義農林は、台湾勢としては最高の準優勝を果たした。決勝で敗れた相手は愛知県の中京商だった。その戦いを再現する交流試合を、両校の流れをくむ嘉義大学と中京大学の野球部が続けており、今年も8月に愛知県内で対戦する。

 交流試合のきっかけは、「嘉農」と呼ばれた嘉義農林の野球部を描いた台湾映画「KANO~1931海の向こうの甲子園~」が2014年に制作されたことだった。台湾で3億台湾ドル(約10億円)以上の興行収入を記録。日本でも上映され、80年以上前の歴史が再発見された。

 嘉義農林は戦後、幾度かの再編を経て嘉義大になり、一方の中京商は中京大付属中京高に。嘉義側に合わせて、中京大が両校の友好提携を申し込み、16年から試合が始まった。

 台湾南部の嘉義市にある嘉義大は、台湾の大学野球のランキングで例年10位前後に位置している。中京大は今年、愛知大学野球で39回目の優勝を果たすなど地元の名門校だ。交流試合は16年に愛知、17年に嘉義で計5回の対戦を行い、通算成績は中京大の4勝。今年は8月2、3日に愛知で2試合を予定している。

 嘉義大の鍾宇政監督は「甲子園出場は私たちにとっては名誉な歴史。試合は勝負よりも交流を重視したい」と話す。当時の嘉義農林は日本人と漢民族系の台湾人、台湾の先住民の混成チームとして知られた。現在の嘉義大のチームも先住民の学生が3分の1を占める。

 中京大の半田卓也監督は「嘉義大の選手は体が大きくバッティングが良い。チームの雰囲気が明るいのが印象的」と話す。試合後の交流会では、嘉義大の選手が民族舞踊を披露したという。

 交流試合の後、8月5日に第100回記念大会が甲子園球場で開幕する。嘉義大の関係者も球場に出かけて式典を見守る予定だ。(嘉義=西本秀

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 嘉義市は嘉義農林の甲子園出場の歴史を街の誇りと位置づけ、「野球のふるさと」として、地元のPRに活用している。

 街の中心街の噴水には、甲子園出場チームのエース呉明捷投手の金色の銅像が設置されている。昨年、市内の野球場周辺に「KANO公園」を整備し、歴史解説の案内板や記念モニュメントなども置いた。

 郊外にある嘉義大の校史展示室には野球コーナーが設けられ、出場選手の写真やユニホーム、準優勝の記念盾(復刻版)などを展示。希望者は見学できる。

 当時の出場選手は、すでに全員が亡くなっている。

 控えの投手だった故・劉蒼麟さんは卒業後、嘉義農林の監督を務め、後進を指導した。五男の劉秋農さん(61)は校内の宿舎で育ち、父親から野球を教わった。大学野球などで活躍した後、野球部のある日本のヤマハにスカウトされ、同社が1987年に都市対抗野球で優勝した時のエースだった。「KANOの歴史が私を野球選手に育ててくれた」と語る。

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