[PR]

法政大学総長・田中優子さん

 最近の若い人たちは、安い服を上手に着こなしたり、新品にこだわらず、古着をメルカリなどで売買したりしていると聞きました。私の専門である江戸時代の、着物がうまくリサイクルされていた頃に回帰しているようにも感じ、とても興味深いです。

 30代半ばから、対外的な仕事には着物を着ていくようにしています。最初は母の着物ばかりでした。

 戦後、着物は「ハレの日」の衣服になり、次第に「お金持ちの服」という先入観が定着してしまいましたが、江戸時代は全く逆でした。武士も含む都市住民の多くは古着屋で安く着物を買い求め、何度もリサイクルしていました。江戸の「循環型経済」を象徴するのが着物だったのです。

 江戸時代には、新品の着物を呉服屋で仕立てるのは富裕層だけでした。古着市場が大きく、古着店から行商まで、いろんなタイプの古着屋がいました。購入された古着は何十年にもわたって、さまざまな用途に使い回されました。

 着物の材料である布は自然資源ですから有限ですが、ほどけばまた布に戻る着物は、そもそも再利用を前提に作られている品物でした。だから、洗い張り(着物を解いて反物の状態にして洗う)をしたあと、襟をつけかえたり、あわせにしたり、傷んだ箇所を切って縫い直したりして再利用していたのです。

 それをまた古着屋に売ったり、質屋に出したり、古着を買ったりする人もいました。庶民は庶民なりに、そんななかでの流行も追っていました。古着を縫い直す技術が誰の手にもあることが、この循環を支えていました。

 子ども用に直したあと、着る物として使えなくなると、今度は布団地や敷物、クッションに形を変えました。使い終わり、かまどで燃やしたあとの灰さえ、灰買いが引き取り、畑にまく。資源を自然から引き出し、長い間の幾通りもの循環プロセスを経て、自然の中へ戻していくのです。

 今後の日本がめざすべき循環型社会のモデルが、江戸の着物社会にあるように思っていたのですが、実は若い人の間でそうした動きが始まっているのかもしれませんね。

 メルカリで売買し、お直しして着ることにも慣れている人が増えているようです。着物の場合、重さや軽さ、着心地や快適性など手で触ってみないとわからないことが多くありますので、私には、ネットで着物を売買するというのは想像できません。でも、若い人たちが古着を利用する目的がただ「安く買う」ことだとしても、それが社会全体として循環し始めている。その消費行動には、産業革命から続いた大量生産、大量消費では、もう世界は持続できないという、エコロジカルな潮流が底にあるのだと思います。(聞き手・中島鉄郎)

     ◇

 52年生まれ。法政大学社会学部教授、同学部長などを経て現職。著書に「江戸百夢」「布のちから」など。