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 59年前、沖縄県うるま市(旧石川市)の宮森(みやもり)小学校に米軍のジェット機が墜落し、児童や住民計17人が死亡した。この時の児童のけがを米軍が写した写真を、被害者らでつくる市民団体が入手した。最近になって体験を語り始めた被害者もいる。沖縄での戦後最悪の米軍機事故を風化させないための取り組みが続く。

 事故は1959年6月30日に発生。負傷者も200人以上に上った。沖縄は米軍の統治下で、多くが米陸軍病院で治療を受けた。

 撮影されたのは、針金のようなもので頭を縫い合わせた治療痕や焼けただれた両腕のやけどなど32人の児童らのけが。こうした写真が公になるのは初めて。市民団体「石川・宮森630会」が事故の資料を探していたところ、沖縄戦などを調査しているNPO「沖縄東アジア研究センター」から、米国立公文書館・記録管理庁が開示した「ISHIKAWA INCIDENT」などと題された計2千ページを超える米公文書を提供された。

 当時5年生だった久高政治(くだかまさはる)会長(70)は「事故のすさまじさを物語る写真で貴重だ」と話す。事故を伝えていくため、32人を特定して証言を集め、資料集として公表したい考えだ。

 今年になって、初めて証言した…

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