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 財務省の公文書改ざん問題などを受け、政府は近く罰則強化などの再発防止策をまとめる。だが、現場の職員からは「制度が厳しくなれば、ますます詳しい記録を残せなくなる」との本音も聞こえる。これまでも、対策を打つたびに各省庁が公文書の範囲を狭めてきた歴史があるだけに、中途半端な改革では逆効果になりかねない。

消えた「白表紙」 公開制度で廃棄

 森友学園との国有地取引に関する公文書の改ざんや意図的な廃棄が発覚した財務省。国会などでは、前代未聞の隠蔽(いんぺい)工作に批判が高まったが、省内では、近畿財務局が改ざん前の文書に残していた記録の内容に驚きが広がった。安倍晋三首相の妻昭恵氏付職員や複数の政治家秘書とのやりとりが実名で細かく記されていたためで、「あんな生々しい記録を残すとは」(幹部)との声が漏れる。

 しかし、以前は政策決定プロセスを細かく記した「白表紙」と呼ばれる記録が省内のあちこちにあったと複数の幹部が証言する。

 政策を決める過程で誰がどこにどんな根回しをし、ときの首相や与党幹部が何を言ったか。それに対し、事務方はどう対応したか。白表紙には、そんなやりとりを実名入りで記録した書類が全てとじてあり、「本省の地下で製本していた」(幹部)。

 白表紙が消えたきっかけは、2001年に施行された情報公開法だという。当時を知る幹部は「情報公開法をきっかけに、部屋の壁一面に並んでいたのを全部捨てた」と明かす。

 政治家も同じだった。自らの発言が公になることを恐れ、首相官邸で打ち合わせのときにメモをとろうとすると、「メモをとるな」と叱られることが増えたと、別の幹部は言う。「どうしても残したいのは手帳とかに、ちょっと書いておく程度になった」

議員案件を残さぬ方法 徹底的にたたき込まれ

 そもそも、日本で情報公開の機運が高まったのは1970年代、ロッキード事件などをきっかけにした政治不信が発端だった。80年代、地方自治体で情報公開条例が次々とでき、99年には国会でも情報公開法が成立した。ところがそれ以降、霞が関では公開に備え、不都合な情報は記録に残さないようにする動きが加速したという。

 年金記録のずさんな管理などが明るみに出て、2009年には、公文書の定義や保存期間などを定める公文書管理法も成立したが、状況はあまり改善されていない。

 「表に出るとまずい話はすべて私文書にする。とくに、『議員案件』を公文書として残らないように処理する方法は、徹底的にたたき込まれる」。厚生労働省の中堅職員は省内の実態をこう解説する。

 たとえば、医療や労働など様々な分野で多くの規制を扱う厚労省では、政治家から特定企業への規制緩和を求める要望などが多い。こうした「議員案件」があると、職員は情報共有のために「取扱注意」と記した「私文書」を作る。

 公文書管理法では、公文書は省庁の職員が作成した紙か電子メールで、「組織的に用いる」ために保有しているものと定めている。そこで、きわどい案件は個人的な「私文書」「メモ」扱いにして、公文書の対象から外しているという。

 メールはそもそも大半が個人的なものとして扱われ、一定の期間を過ぎると自動的にサーバーから消える。財務省ならメールは60日間で削除される。サーバーの容量に限りがあるためとされているが、最低7年保存される米国の財務省とは大きく違う。

 さらに、各省庁の裁量で保存期間を1年未満にできる文書も多く、その場合、手続きもなしに捨てられる。陸上自衛隊の日報や森友学園との交渉記録の保存期間も1年未満だった。1年以上の保存期間とされた文書も、ほとんどはそれが過ぎると捨てられる。「歴史資料として重要」とされた資料は国立公文書館に永久保存する仕組みもあるが、16年度に保存期限を迎えた約275万部の公文書のうち、公文書館に移して保存されたのは、わずか0・4%だった。

対症療法なら公文書は減るばかり

 政府は月内に再発防止策を発表するが、罰則の強化や電子決裁の拡大など、いまの制度の部分的な手直しにとどまるとみられる。財務省のある幹部は「今回のことでまた、現場では余計な資料を作らない、当たり障りのない内容にするだろう」と話す。

 公文書管理に詳しい長野県短期大の瀬畑源准教授は「対症療法ではなく、原則すべてを公文書とすることや、一定期間が来たらすべて公開するなど、法改正も必要だ。政治家も『文書がない』という官僚をかばうのではなく、出すように求めるようでなければならない」と指摘する。(笠井哲也、森田岳穂、伊藤舞虹)