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 6月中旬、浜松市天竜区にある浜松湖北高佐久間分校のグラウンドで、選手13人が汗を流していた。四方を山に囲まれ、掛け声や球音が静寂の中に響く。

 ノックを終えた山口遼太監督が記者に言った。「今日、熊が出たの知ってます?」。近隣で熊の目撃情報があったという。「ウサギやニホンカモシカ、河原を歩くシカの群れを目にすることもありますよ」

 もともと佐久間高だった同校は、生徒数の減少で昨年度に分校化された。全校生徒はいま、69人。そんな佐久間分校野球部で、山口監督が就任した2016年に掲げた目標は、ただ勝つことではない。「地域を盛り上げるために野球をやろう」だった。

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 「まだまだまだ!」

 日が傾きかけたグラウンドで、ミスを連発しながらも、ひときわ大きな声でノックに立ち向かう部員がいた。住田佑希君(3年)。

 小学5年の時、ノックが嫌になり、野球をやめた。中学校では剣道をしていたが、「野球から逃げた」という後ろめたさが消えず、高校で野球を再び始めた。「互いをカバーしあって接戦で勝つ。その喜びは野球をやめてから気づいた」

 同区佐久間町浦川で育った。野菜をもらったりお返しに米をあげたり、近所との濃い付き合いが好き。だが、過疎化で祭りなどのイベントがどんどん縮小する様子を見てきた。「このままだと、もっと活気はなくなっていく」と感じた。

 分校になっても、「佐久間高校」のまま変わらなかったものがある。校訓と校章、そして校歌。1年に1回、夏の県大会には全校生徒や多くの地元の人たちが応援に駆けつけてくれる。

 「夏の舞台で『佐久間高校』の校歌を流す。そうして佐久間を知ってもらうことが、地域への恩返しになる」と住田君。

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 地域の人たちは、野球部ゆかりの人を中心に飲み物の差し入れをしたり、夏の大会前にはお守りを部員にくれたりもするという。

 そんな地域の人に野球部の情報を伝えるため、マネジャーの今井紅里さん(2年)が3月から始めた取り組みがある。

 「笑顔でサードを守ります!」

 同校近くの商店の前には野球部の情報を発信する看板を設置。毎週、連載形式で部員を紹介する。その部員から地域への一言も添えられるほか、練習試合の結果やホームでの試合日程が書かれている。今井さんは「普段から野球部を知ってもらうため、情報発信したかった」と狙いを話す。

 手応えはある。「看板を設置してから試合を見にきてくれる人が増えた。私の母も近所の人から面白いと言われるみたいです」

 山口監督は「練習試合に勝つと、看板に白丸が、負けると黒丸がつく。『勝って地域に報告したい』と選手のやる気にもつながっている」という。外への情報発信がチームにも良い変化を生んでいる。

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 だが、野球部の将来は不透明だ。夏の大会を終えて3年生8人が引退すれば、選手は5人に。秋の大会には他校との合同チームでの出場を予定している。

 最寄りのJR飯田線中部天竜駅から豊橋行きの終電は午後9時。部員が帰った後、ナイター設備の照明を消した山口監督に「きれいですよ」と天を見上げるよう促された。

 目が慣れると、満天の星が瞬いた。佐久間分校での勤務は5年目だが、継続勤務を希望してきたという山口監督。「町では、佐久間分校はいずれなくなってしまうのでは、というあきらめのような声も聞く」と打ち明ける。

 野球部の活動を通じて地域の魅力を高めることが、部の「使命」とも感じている。「何かあれば助けてくれるこの町が好きだし、分校でも存続させたい。だからこそ、魅力を感じてもらえるような野球部にし、外から生徒を集めることができれば。難しいかもしれないが、あらがいたい」

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