[PR]

 直球はほとんど120キロ台。力強さはなくても、細身の左腕は打者の手元で沈む得意の球で、強打者たちを翻弄(ほんろう)していった。

 今春の選抜。花巻東の田中大樹(3年)のチェンジアップが光った。2回戦、東邦(愛知)に5安打3失点で完投勝利。六回1死一、三塁、4番をこの球でボテボテの三ゴロに仕留めた。さらに四球を挟んで2死一、二塁で6番を空振り三振。直球を投げるように腕を振り、実際は100キロ台と遅いチェンジアップを打者は待ちきれなかった。

 6月の東北大会でも、花巻東の投手陣はこの球を多投していた。「1年の秋から投げ始めて投球の幅が広がった」と田中。佐々木洋監督は「うちでは入学時から覚えた方がいいと話している。雄星(菊池、現西武)は投げていなかったから、その後の2010年ごろからですかね」と語る。

 主流になる変化球は、時代とともに変わってきた。1970年代、「怪物」と言われた作新学院(栃木)の江川卓(元巨人)は大きなカーブを投げた。多くの投手がシュートも投げ、「横」の変化が多かった。次世代はスライダー。横浜の松坂大輔(中日)、駒大苫小牧(北海道)の田中将大(ヤンキース)らが鋭く曲げて空振りを奪った。

 現在はチェンジアップ、ツーシーム、カットボールと小さな変化で打者のタイミングをずらし、バットの芯を外す球が増えた。筋トレや金属製バットでパワーアップした打者を「横」だけでなく、「縦」と「前後」の変化でも抑える。

 昨夏、秀岳館(熊本)で甲子園を沸かせた左腕・田浦文丸も、チェンジアップを自在に操った。9月の18歳以下ワールドカップではこの球で米国、キューバなどを封じ、日本の銅メダル獲得の原動力となった。「自分は指が短いので、指で挟むフォークよりもチェンジアップがはまった。試合での疲労感、体への負担も少なく感じる」。投げ方が直球に近く、ほかの変化球よりひじに負担がかかりにくいと言われ、米国では多くの投手が最初に習得する基本の変化球だ。

 筑波大の准教授で動作解析を研究し、同大の硬式野球部の監督を務める川村卓さんは変化球の変遷について、こう説明する。「軌道をつかみづらい球、打者が練習しづらい球を投げるというのが根底にあると思う。だから打者が対応すれば、また違う球を投げる。その繰り返しです」。佐々木監督は「また、シュートの時代が来るかな」と予想する。打者にとってやっかいな、内角に食い込む球がないと抑えられない。そのぐらい高校生の打力は進化している。(坂名信行)

こんなニュースも