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 雨の日、池田高校辻校の校舎5階の階段で、野球部マネジャー大西里奈(3年)は声を張り上げた。

 「よーい、スタート!」

 声を合図に、1階の選手たちが階段を駆け上がる。少年野球で身につけた通る声は、野球部の財産だ。

 2歳上の兄を追って、小学校3年で地元の少年野球チームに入った。肩が強く、よく打ちよく投げる。だんだん兄よりうまくなった。6年生の時は二塁手で5番。三好市と東みよし町合同の陸上運動記録会では女子ソフトボール投げで1位になった。

 中学校でも野球を続けるつもりだったが、軟式野球部の顧問から、「体力でついていけなくなる」と断られた。両親に「どうして女の子は野球ができないの」と漏らしたが諭され、卓球部に入った。

 高校入学後、少年野球時代の大西を知る先輩たちが声をかけてくれた。「(小学校で)野球しよった子やなあ」。当時ライバルチームの選手だった藤田翔悟(3年)からは「一緒に野球しよう」と誘われた。

 悩んだ。女子ソフトボール部でプレーをするか、それとも……。

 「野球が好き。プレーをするのも、見るのも」。声出しや打撃の迫力、チームプレーの魅力。男子部員と一緒に高校野球に携わろうと思った。

 試合中、ベンチでスコアをつけながら、選手と一緒に喜び、涙を流す。バッティング練習中、外野守備を買って出たこともある。

 主将の森下敦哉(3年)は大西について、「野球を分かっている」と話す。試合中、タッチアップ警戒より確実にアウトを取るべき場面で、外野手に「後ろ、後ろ!」と声を上げたことがあった。藤田は「チームにとって、なくてはならない存在」と言う。

 卒業後は就職するつもりだ。野球に関わるのはこの夏が最後かも知れない。「今の時間が続いてほしい」。徳島大会の開幕を前に、自宅で選手たちのお守りを作っている。=敬称略(三上元)

阿波高 高田南夏海さん

 6月末に阿波高校であった練習試合。阿波高校野球部マネジャーの高田南夏海(ななみ)(3年)はスコアをつけながらグラウンドの選手たちに目をやった。

 三つ上の兄が阿波高校の野球部員だった。兄の最後の夏の試合を見に行き、安打や得点でチームとスタンドが一つになる感覚が楽しかった。「野球をしたい」と思った。

 毎日2回、ひざほどの高さがあるウォーターサーバーを麦茶やスポーツドリンクで満たして、グラウンドに運ぶ。打撃練習ではピッチングマシンにボールを入れ、ノックの時はボールを渡す。楽しそうに働く様子に母邦子さん(51)は「裏方の仕事の大事さや楽しさを知ったのかな」。

 最後の夏。「選手たちにはどれだけ強い相手でも、前向きに戦ってほしい」

徳島商高 田村茉也さん

 ストップウォッチを握って後輩マネジャーとグラウンドに立ち、選手たちのランニングのタイムを読み上げる徳島商業高校野球部マネジャーの田村茉也(3年)。

 小中学校ではバレーボールに打ち込んだ。足をけがした時、冷やしたりテープを巻いてもらったりした。全体の練習に参加できない時に、個別のメニューを考えてもらったこともあった。「高校では誰かをサポートしよう」と思った。

 今春までの半年間、マネジャーは自分だけだった。毎日のように夜遅くまで自主練習を続ける選手たち。暑い日の走り込みや筋肉トレーニング……、それでも負けた試合。全部見てきた。「最後の夏、笑顔で試合に挑んで、力を出し切ってほしい。私も全力で応援します」

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