決勝再試合、捕手のあのプレーで… 高校野球芸人が語る

聞き手・石川達也
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 今夏100回目を迎える、全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)。「高校野球大好き芸人」として活躍するかみじょうたけしさん(40)に、特に心に残る試合について、印象的なシーンや球場での裏話まで熱く語ってもらった。

2006年決勝 駒大苫小牧1―1早稲田実

(互いに八回の1点ずつ。早稲田実・斎藤は完投、三回途中から救援の駒大苫小牧・田中も力投。決勝再試合は早実が勝利)

 1―1で延長十五回、引き分け再試合。延長十一回、駒苫が1死満塁になるんですよね。で、スクイズをしようとしたところをハンカチ王子(斎藤佑樹投手)が外したんですよ、低めのスライダーで。で、バットに当てることができず、飛び出したサードランナーがタッチアウト。

 キャッチャーの白川英聖君が、外したスライダーを捕るんじゃなくて、前に落としたのがポイントですよね。捕ってたら三塁走者は三本間で挟まれて、挟殺プレーでアウトになってもその間に一、二塁の走者は進塁したはず。でも、落としてるからサードランナーは戻り、一、二塁の走者は動けず2死一、二塁になった。その後レフト前ヒットが出たので、二、三塁だったら1点入ったケース。そうなったら、駒苫が全国制覇していたかもしれません。

2013年1回戦 浦和学院10―11仙台育英

(浦和学院のエース小島は立ち上がりから乱調。九回途中に降板した直後、救援投手がサヨナラ打を浴び、春夏連覇ならず)

 仙台育英の1番、熊谷敬宥選手が決勝打を放ったんですよね。2年後、2015年の仙台育英と東海大相模の決勝を観戦後、歩いてたら、熊谷選手に声かけてもらって、「僕のあの試合も、なんで『アメトーーク!』で言ってくれないんですか」って。近くに(熊谷選手と仙台育英で同期だった)ソフトバンクの上林誠知選手がおられてね。「上林君、来てる場合ちゃうやん。君もがんばらなあかんで」て話して。「わかりました。僕も後輩に刺激されて頑張ります」って言った直後かな、満塁ホームランを1軍で初めて打った。熊谷君はそのときまだ立教大学で、後に阪神に入団しました。

1992年2回戦 星稜2―3明徳義塾

(星稜の4番松井が5連続敬遠。そのうち4度が走者を置いた打席だった。大会屈指の強打者が2回戦で姿を消した)

 バット振らずに伝説作ったのは、松井秀喜さんだけですからね。「松井君、君は素晴らしい!」って星稜の山下智茂監督が言ったらしいですね、最後に。凜(りん)としてファーストベースに走っていった松井選手に対して。

1999年1回戦 新湊9―5小松

(新湊が九回に5点差を追いつき、十一回に4点を勝ち越す「ミラクル劇」を演じた。アルプス席の大応援団も背中を押した)

 これもアルプススタンドで見てて、泣きました。ミラクル逆転。新湊が九回に5点差を追いついた。これは泣きましたねぇ。あまりにも僕が泣いてるから、売り子の人にビールもらいましたよ。タダで。「熱いな~、自分」って言われました。

ベストゲームファイナル

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 全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)で、最も心に残る試合を選ぶ企画「投票 甲子園ベストゲームファイナル」が、朝日新聞社と朝日放送(ABC)テレビが共同で運営する「バーチャル高校野球」で始まりました。結果は8月に発表します。

 候補となるのは、昨年の投票で各都道府県の代表校の「ベストゲーム」に選ばれた試合など計45試合。かみじょうたけしさんには、候補となった試合の中から印象に残っている名勝負について熱く語ってもらいました。

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 〈かみじょう・たけし〉 1977年生まれ。兵庫県淡路島出身。松竹芸能所属。板東英二さんのモノマネでおなじみ。2006年に漫才コンビ「ロビンス」を解散後は、1人で活動。小学校で野球を経験、中高はソフトテニス部。(聞き手・石川達也)