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 「お前、野球やるために生まれてきたんか」。邑久高校野球部(岡山)に、チームメートたちからこう突っ込まれる部員がいる。奥田球道君(3年)。「球」の「道」と書いて「きゅうじ」と読む。その名前には家族の思いが込められている。

 祖父・赤堀勝美さん(64)は小中学校時代に野球部。母の香織さん(42)もソフトボール経験者。兄の甲子朗さん(21)も元高校球児で、姉の一華さん(20)は元ボーイズリーグの県選抜。家族みんなが白球を追った経験があり、自宅にはグラブ、バットなど野球道具がそろっていた。

 「球道」の名付け親は祖父の赤堀さん。「『球一筋に走って欲しい』との思いを込めました。道を誤らずボールの後をしっかり追って欲しいということでね」

 赤堀さんは中学3年の時、最後の大会直前の練習で腰を痛めた。大会出場を断念し、高校で野球を続けることをあきらめた。大好きだった野球を、子どもや孫にも好きになって欲しい。そう願ってきた。団体競技の野球は「仲間を助け、仲間を思いやる。それが社会に出た時に役に立つ」との確信もあった。

 球道君も野球一筋の家族の中で育ちながら、小学1年から野球を始めた。兄の甲子朗さんが全力でプレーする姿に憧れ、次第に兄を超える選手になりたいと思うようになった。

 球道君は現在、美咲町の自宅を離れ、岡山市内の祖父の家から通学する。赤堀さんは孫が自宅で練習できるように約10万円かけ、車庫に手作りのティーバッティング場を整備した。

 球道君は部活から帰ると、この場所で200~300球ほど打ち込む。「肩が開いてる」「引いて我慢して、バットのヘッドを走らせ」。球出し役の赤堀さんから助言が飛ぶ。

 今年の春、球道君は思うような打撃ができずに悩んでいた。春季県大会の地区予選の岡山一宮戦では無安打で、チームも負けた。「1打席目で見逃し三振してしまった。それ以降チームの調子が悪くなった」

 孫が打撃不振に陥ることを、赤堀さんは自宅での練習中に予測していた。左足が高く上がりすぎ、腰が上下するフォームになっていた。視線も上下するため、球の見極めができず、ミート力も下がっていた。

 現在は自宅練習で徐々に打撃フォームを修正。ヒット数も上がり、球道君も「自宅での練習が生きてきてる」と実感する。「小学校の頃は打てなかったらすぐ練習を放り投げていた。今は練習しなければ望む結果はついてこないと考えるようになった」。精神面の成長も自ら感じている。

 球道君にとって最後の夏の大会。赤堀さんも球場に応援に行くつもりだ。「とにかく自分に後悔のないようなバッティングをして欲しい」とエールを送る。

 春の県大会で味わった悔しさは「グラウンドでしか晴らせない」と考えている球道君。「普段から練習などで支えてくれている家族に1本でも多くヒットを打つ姿を見せたい」(沢田紫門)

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