神戸市東灘区の市立住吉小学校の校長室に、阪神大水害(1938年7月3~5日)の様子を描いた絵が残されている。住吉川が決壊し、濁流が襲う中、同校では多数の児童らが命の危機に直面した。ちょうど80年前の「7月5日」に何があったのか。当時を経験した90歳の男性が語った。

阪神大水害とは
1938年7月3~5日、六甲山系を襲った豪雨が土石流を引き起こし、ふもとの市街地に土砂や木が流入。国土交通省によると、神戸市を中心に阪神間の死者・行方不明者は695人、流失や埋没、全半壊など建物被害は11万9895戸に達した

算術の授業中に…ごう音

 「2日前から雨がずっと降っていました。あれは、算術の授業中やったかな。午前10時前くらいに、ゴーッという音がしました」

 東灘区住吉南町4丁目に住む津昭二さんは80年前、同校(当時・住吉尋常高等小学校)の5年生だった。音の正体は、押し寄せてくる濁流。校庭が泥の海となり、刻々と水位が上がった。「外に出るな、と先生が言うて。鉄枠のガラス窓の向こうを、泥水がすごい勢いで流れていました」

 津さんらの教室は、鉄筋コンクリートの校舎内にあった。その北側には木造校舎があり、間には渡り廊下が3本設けられていた。当時の朝日新聞阪神版(38年7月10日付)によると、濁流は渡り廊下2本を押し流し、水位は残る1本の屋根近くまで迫った。木造校舎2階には3年生150人が取り残されていた。「校舎は傾斜しユラユラ動き出した」と記事にはある。

【動画】1938年の関西大水害による阪神一帯の惨状(朝日世界ニュースから)=朝日新聞フォトアーカイブ

ロープ頼りに木造校舎から脱出

 教員らが木造校舎2階の壁を破り、渡り廊下の屋根伝いにロープを渡した。下級生がロープを頼りに、ずぶぬれになって渡り廊下の屋根を歩く。津さんらはコンクリート校舎2階の窓から見つめるしかなかった。

 「何度も叫びました。『手を離すな』『木が流れてくるぞ』『足を滑らすな』ってね。そうや、流木が多くて、ほんまに危なかった」。木造校舎からは全員が脱出。同小はひとりも犠牲者を出さなかった。

 旧住吉村(50年に神戸市と合…

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