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 名古屋市在住の作家奥山景布子さんの「葵の残葉」が第37回新田次郎文学賞に選ばれた。幕末の尾張藩主徳川慶勝(よしかつ)ら4兄弟の目から激動の時代を描いた。書き上げるまで7年。授賞式の場で「書くことそのものをやめようかと思った」というほど苦労した作品。創作の過程などを聞いた。

 ――「葵の残葉」の執筆は何がきっかけですか。

 8年ほど前、たまたまテレビで慶勝を取り上げているのを見て、「写真が好きな面白い殿様がいるなあ」と。幕末(の動乱)にもかかわっていたと知って調べているうちに「こんなスケールの大きな話だと思わなかったよ」と。

 ――尾張徳川家の分家高須松平家の4兄弟が、その立場から倒幕派と佐幕派に引き裂かれます。誰の視点から描くかで苦労したそうですね。

 慶勝をメインに据えるとして、サブの視点を会津藩主松平容保(かたもり)にしていました。しかし会津だけでも語りたいことが多すぎて物語のまとまりに欠ける。そこで、サブとして4兄弟で一番若い松平定敬(さだあき)の視点を借りました。慶勝と定敬は、ふた回り年が離れています。歴史の大きな出来事も、40代と20代で体験したのでは受け止め方やその後の生き方が違います。その差が出た方が面白いと思いました。

 ――一番難しかったのは。

 一橋慶喜(よしのぶ)をどう描くか。慶勝たちからすると、「こことここで言っていることが違う」というようなことが出てきます。慶喜の文献を読み出すと私も迷走するということを繰り返しました。慶勝たちの「振り回され感」をそのまま作品にするしかないなと。

 ――今回の受賞は、名古屋市出身の作家城山三郎とも縁があるそうですね。

 幕末の尾張藩をきちんと描いた、ほとんど唯一の先行書が城山先生の「冬の派閥」。刊行から30年以上経って研究が進み、明らかになったことがたくさんあります。城山先生が存命だったらこれくらいお調べになるのではと覚悟を決め、「後を継ぐ」という心境で書きました。城山先生は、新田次郎文学賞の選考委員をされていました。そういう意味でも、ご縁があったと思います。

 ――東京ではなく地元に住み続けて活躍する作家が増えていますね。

 昔と違って原稿はメールで送れますしね。今回の「葵」は名古屋に住んでいなければ絶対見つけられなかったテーマだろうなという気がします。

 ――国文学の研究者、大学講師を経て作家に。

 経歴は私の小説のスタイルに関係しているかもしれません。視点となる人物と扱う時間をどこからどこまでにするかを決めると、ほぼストーリーが決まります。歴史小説は第三者の視点で描かれることが多いと思いますが、私はできるだけ「この人目線で見たこと」に絞って書くスタイルでやりたい。

 ――何か理由が?

 もとが国文学者だからでしょうか。女流日記、女性のひとり語りをずーっと研究してきました。そのせいか、小説を書くときに誰を視点人物にするのか、すごく考えます。主人公のひとり語りでいくのか、サブで誰か出すのか。それでほとんど物語の形が決まってしまいます。

 ――なぜ作家に。

 大学講師を辞めて主婦になったとき、夫がぽろっと「小説書けばいいじゃん」と勧めてきたんです。大学で現代文の試験問題を作っていて、出題する小説を探すため、毎月のように小説誌を読んでいました。

 そこで自分で読んで面白かったのが時代小説でした。一番好きだったのが北原亞以子(あいこ)さん。それまでは時代物や歴史物は書き手も読者も男性のものだと思っていたんです。北原さんの作品で女性が読んでも面白いものがあると知りました。

 もともと文章を書くのは嫌いじゃありませんでした。研究者時代も「あなたの論文は作品を深読みしすぎる」なんて言われて、いま思うと小説のほうが向いていたのかもしれません。

 ――奈良時代の皇后、平家の女性、豊臣秀吉の能楽師、江戸時代の席亭……と、時代も題材も様々ですね。

 どの時代のものであっても人間として面白そうだと興味が引かれたら「書いちゃえ」と。友人知人が研究者なので「どの論文を読めばいい?」と頼れることもあります。

 一応古文は読めるし、何かものを調べる訓練は積んでいます。「この時この人はここにいない」とわかるとリアリティーが崩れ、読者ががっかりしてしまいます。調べられる範囲で、そういうものは外していきたいです。編集者からは「もう調べるのはいいから書いてください」と言われることもありますが。

 研究者だった自分の反省を込めてですが、国文学は面白い作品がいっぱいあるのに一般に知られていません。(自身が小説の題材にした)「とはずがたり」は、源氏物語と匹敵するくらい面白い作品ですが、作品名を言っても通じない。古いものが忘れ去られていくのはもったいない。もうちょっと発信しないと。

 みんなが知らないような人やエピソード、みんな知っている人だけれど意外な話なんかが面白い。これからも、そうした話を書いていきたいですね。(聞き手・千葉恵理子)

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 おくやま・きょうこ 1966年、愛知県津島市生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了(文学博士)。大学の専任講師を経て作家に。2007年、「平家蟹異聞」でオール読物新人賞。17年度の愛知県芸術文化選奨文化新人賞。

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 10月3日に名古屋・栄の朝日カルチャーセンター名古屋教室で「『葵の残葉』余話」と題した講演会が予定されている。