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木口久さん(1939年生まれ)

 「はーい、おはよう」

 午前7時すぎ。長崎市高尾町の高尾小学校近くの横断歩道で、黄色い旗を持った交通指導員の木口久(きぐちひさし)さん(78)が児童たちとハイタッチを交わす。平日の朝、同じ場所に立ち続けて10年あまり。高尾小を卒業し、いまも横断歩道を利用する山里中学校の生徒たちとも顔なじみだ。「子どもが大好きだからねえ。苦にならないよ」と目を細めた。

 木口さんは5歳の時、爆心地から2・5キロの平戸小屋町(現・大鳥町)で被爆。父は戦時中に病死し、母は原爆で行方が分からなくなった。残されたきょうだい5人は親戚に引き取られるなど3カ所に別れ、育った。木口さんは姉とともに母方の伯母のもとへ。名字は「峰」から母方の「木口」に変わった。

 原爆は「私の人生の原点。運命を変えた出来事」。しかし、原爆について語り始めたのは70歳を過ぎてから。横断歩道に立ち続けるなか、「子どもたちを守っていかなければ」と思い始めた。

 木口さんは名古屋市生まれ。三…

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