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波聞風問

 「次の仕事は、彼らが公平な評価基準で昇格する仕組みをつくることです」

 インタビューした人の言葉で記憶に残る一言がある。マツダの当時、デザイン本部長だった前田育男さんの言葉もそうだった。マツダは「魂動(こどう)」というデザイン哲学を掲げ、次々と格好いい自動車を出していた。その取り組みを聞いていたときのことだ。

 前田さんが言う「彼ら」とは、デザイナー、粘土模型をつくるクレイモデラーらクリエーティブ人材だ。前田さんは「彼らの昇格試験はマネジメント力が求められる一般社員と同じ。彼らの才能は評価されにくい」と話していた。

 それから4年。評価基準は大きく変わった。幹部社員への昇格試験はマネジメント系とは異なる独自の基準が設けられた。感知力、創造力、表現力などのほか、情熱・志というのもある。幹部社員の職位も、マネジメント系と同様に4段階が設けられた。各段階の処遇も対等という。

 幹部社員に昇格したクレイモデラーは敬意を表して「匠(たくみ)モデラー」とも呼ばれる。人事担当の高村勝彦さんは「彼らの頭上にあったガラスの天井が抜けた」という。

 職場の空気も変わった。かつては腕のいいモデラーほど、独立したり、他社へ移ったりしていた。それが激減した。それどころか、いい人材が採用できるようになったという。また、モデラーはデザイナーが描いた絵を粘土を使い、黙々と立体にするだけだったが、モデラーも一緒になって意見を言い合えるようになった。

 前田さんの後任、デザイン本部長の中牟田泰さんは「各人の強みを見いだし、伸ばすようにしている」と言う。平均的に仕事をこなす人材よりとがった人材を育てやすい環境になったというわけだ。

 結果、人材が育ち、マツダ車は数々の世界的な賞を受けるようになった。影響は社内外に広がる。金型をつくる工程では、粘土製のクレイモデルを忠実に再現しようと他にはない砥石(といし)を開発した。「じゃあ、経営のスペシャリストって何だ」と人材評価の議論はいい意味で逆流している。

 今ほど、デザインとビジネスが結びつけられて語られることはなかっただろう。ただ、マツダのような人事・評価制度は聞いたことがない。デザイン重視といっても、製品の見た目を少し変えてみるだけでは成果はない。バブル崩壊後の家電のように、消費者ニーズとは縁遠い過剰な機能を求めたり、低価格路線を走ってきたりした経営では、クリエーティブ人材による改革は難しいだろう。

 マツダが次に挑戦するのは「日本の美」という。余計なものを徹底してそぎ落とす「引き算の美学」である。広島の工場に開発中の自動車のデザインを象徴するオブジェが飾られていた。鉄から削り出された細長いオブジェをしばらく見ていて、日本刀に近い美しさを感じた。(多賀谷克彦