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 日本人の高齢化と外国人の受け入れ。二つの課題の「先進地」とも言える巨大団地が、埼玉県川口市にあります。外国人住民が半数という団地に住む記者が書いた記事「芝園団地~静かな分断を越えて」(GLOBE6月号)に寄せられた声を紹介しながら、共生社会のあり方を考えてみます。

芝園団地とGLOBEの記事

 埼玉県川口市にあるUR都市機構の賃貸住宅。1978年に完成した。高齢化で日本人住民が減る一方で、90年代から中国人住民が増え、約5千人の住民のうち半数余りが外国人となっている。

 GLOBE6月号の記事は、自分自身も団地に住む筆者が、日本人住民と中国人住民が共存はしているものの、お互いの交流が少ない「静かな分断」や、夏祭りの準備などを巡る日本人住民の「もやもや感」、日中住民の懸け橋になろうとする、大学生や自治会の取り組みを書いた。

 記事は朝日新聞GLOBE+(https://globe.asahi.com別ウインドウで開きます)のほか、中国語版が朝日新聞中文網(https://asahichinese-j.com別ウインドウで開きます)に掲載されている。

会話や作業 意識して一緒に

 芝園団地の広場で6月中旬、日本人住民と中国人住民40人ほどが参加した、太極拳の体験イベントがありました。

 芝園団地で活動する大学生の団体「芝園かけはしプロジェクト」と団地の自治会が開きました。母親が参加したという30代の中国人女性は、「日本人と中国人は同じ団地に暮らしていても、あまりコミュニケーションがない。こんなイベントがもっとあれば」と話しました。

 大学生と協力し、交流の取り組みの中心になっているのが、自治会事務局長の岡﨑広樹さん(37)です。商社をやめて松下政経塾で学んでいた2014年、日本人と外国人の共生について考えるため、団地に引っ越してきました。

 日本人住民と中国人住民の間にはまだ壁がありますが、岡﨑さんらの取り組みで少しずつ交流も生まれています。「昔のことを考えれば、よくこれだけの人が集まったなと思いました。団地の雰囲気が変わってきた、一つの証拠だと思います」と岡﨑さんは話します。

 「共生や交流がいいことだと押しつけがましくなるのではなく、自分も行きたくなるようなイベントを考えます。ただ、同じ空間にいればそれでいいということではありません。意識して、会話や一緒に作業をする場をつくるようにしています」

生活脅かされる不安が根源

 パリ郊外の団地を調査した「排除と抵抗の郊外」などの著書がある、森千香子・一橋大学准教授(社会学)に聞きました。

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 フランスなどの欧州の取り組みからも、物理的に共存する空間をつくっても簡単には交わらないということが経験的にわかってきています。

 異なる集団が同じ空間に住みながら接触しないと、実像が見えないなかで相手への不安と偏見が生まれてきます。ステレオタイプ、偏見が独り歩きすると、「脱個人化」が進み個人を見なくなります。

 同じ場所に住むだけじゃなくて、イベントなど交流の場を人為的につくることが大事です。ただ言うはやすしで、どうやるかが問題です。

 フランスでは、団地内に交流カフェを設置したり、相互扶助を促すための「サービス交換券」を作ったり、地元に住んでいる人たちが自発的に行う試みが、ある程度の成果を上げてきました。何かを共有している感覚が生まれることが大切です。

 個人の力に任せていると燃え尽きてしまいがちなので、財政的な支援も必要です。国が時間とお金をかけ、責任をもって取り組む必要もあります。これまで以上の負担を地域社会に負わせてはなりません。

 多数派の「不安感」の根源は、自分たちの文化や社会が外国人に脅かされるというよりももっと複雑です。グローバル経済の下で社会の流動化が進むなかで、労働環境も厳しさを増し、社会保障制度も削減され、生活への不安が増している。

 これまでと同じような生活が送れなくなるのではないか、という不安がマイノリティーへの不安に置き換えられているのではないかと思います。

日本人は… 壁越えるため 交流必要

●「中国で暮らし、帰国後、岐阜で生活しています。古くから暮らす方々にとっては、同じ日本人であっても、『よそ者』はルールが違うのではという警戒心があったと思います。外国人なら、なおさらのことです。逆に、新しく入ってきた者からしたら、少しの誤解から生じる『戸惑う出来事』に接しただけでも、全体に対して警戒心を持ってしまうこともあるかと思います。お互いに話し合ってみれば、そういう壁は消えると思います」(岐阜県 河原啓明さん 46歳)

●「芝園団地に近い蕨市に住んでいます。子供の幼稚園の同級生は3分の1弱が中国人です。子供を媒介に知り合うと偏見もなくつきあえますが、そういうものがないと、人種の違いによる、危うい雰囲気が醸成されやすいのだと思います。民族や人種の壁を越えるのは政治でもイデオロギーでもなく、生活に根ざした人の交流なのだなと痛感します」(埼玉県・40代男性)

●「かつては芝園団地に、今は隣のマンションに住んでいます。5千人いた日本人住民は半数以下になりました。そこに異国の人たちが、私たちには関係ない形で住み始めたのです。『よそ様の家に住む』くらいの遠慮が必要だと言いたいです。団地に住むルールを教えるのは川口市やURであるべきなのに、積極的に関与しているとは思えません。周辺地域にも多くの外国人が住み始めています。自治体は現状を把握しているか不安です。私もトランプ(米大統領)の言葉を芝園団地の広場で叫びたいぐらいです」(埼玉県 池谷延夫さん 70歳)

●「ごみの分別に関してきちょうめんな外国人もいれば、無頓着な人もいます。日本人でも同じです。『○○人』とくくってしまうと、途端にそうでない人まで含めて簡単にラベルづけしてしまいます。共に生活するのであれば、一つの目的を持って一緒に何かをすることがお互い分かり合える近道ではないかと思います」(熊本県・50代女性)

中国人は… 日本の「空気読む」難しい

●「芝園団地の問題は、文化の違いによる古くからの問題です。日本人は空気を読むことをすごく強調しますが、中国人がどうして、日本の空気を読むことができるでしょうか。思っていることは言ってほしいです。いかに誠意をもって見てくれていても、言わなければ、どうしてわかるでしょうか」(中国四川省・会社員 20代女性)

●「日本国民はものすごく日本を愛している、といつも思います。悪いことではないですが、自分たちがベストで、日本とやり方が違うことは間違いと見なすのでは、進歩がありません。文化や習慣、価値観の違いがもたらす溝は中国国内でもあり、地方都市の若い人たちが北京や上海、広州にきて、旧住民との間で多くの問題を抱えています。異文化間では、言うまでもないでしょう。多様性の社会にいることを自覚し、互いの違いを受け入れるしか、共生はできません。私個人は、外国人は現地の習慣に慣れ、従うよう努力すべきだと思います。ここに住み、ここのルールがもたらす便利さ、心地よさを受けているのだから、ルールが時々もたらす不便さや心地悪さも受け入れなければならないでしょう」(東京都・30代女性)

●「住民の自治会は上海にもありますが、概念は日本と全く違います。上海では『居民委員会(住民委員会)』と呼ばれ、『街道』『鎮』などの末端行政に属しています。主要な活動は政府系の住民サービスの手伝いです。祭りも『街道』の任務になります。日本では、住民がボランティアでやるものなのでしょうが、中国では住民サービスの職員が担い、ボランティアではありません。このような概念の隔たりや習慣の違いが『静かな分断』なのではないでしょうか」(中国上海市・男性)

●「多文化の現場でよくある問題は、外国人が受け身的な存在になっていることです。しかし、外国人も地域社会の構成員で、多文化共生の担い手です。いかに国籍を超えて地域住民としての連帯感を作るかが、芝園団地の課題です。祭りの準備でも会場の片付けでも、住民同士の協力が必要な場合に、役割分担で外国人を排除してはいけないと思います。同時に、外国人も地域住民としての責任を避けてはいけないでしょう。共に生きる『場所』から、共通するアイデンティティーが誕生できることを期待しています」(東京都・大学院生 王暁音さん 31歳)

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 外国人が多く住む地域では、「外国人はごみ出しなどのルールを守らない」という苦情が出ることがあります。実際に接する機会がないと、「外国人」とひとくくりにしがちです。「日本人も外国人も人それぞれ」という意見は、一理あるなと思いました。

 外国人住民の話題になると、「郷に入れば郷に従え」という言葉もよく聞きます。けれど、そもそも「郷」に入れようという姿勢を示さない、外国人にもわかりやすい形でルールを伝えていない、といったことはないでしょうか。

 労働力不足を受けて、外国人受け入れの動きが加速しています。単なる「労働力」ではなく、共に暮らす「生活者」という視点からの受け入れの準備も急務だというのが、芝園団地に住む一人としての実感です。皆さんはどう思いますか?(大島隆

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