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 奈良県河合町の松谷琢也さん(43)は印刷会社で働く傍ら、ろう者の日常を漫画に描いている。耳が聞こえない自身の体験を織り交ぜた「聾(デフ)」は2016年までに4巻が出版された。その最新巻が6月、発売された。5巻ではろう者夫婦の新婚旅行とその後が描かれる。

 漫画は、主人公の赤井竜一が東京のろう学校デザイン科に進学するため、地元の奈良県を離れる場面から始まる。竜一は、筑波大学付属聾(ろう)学校高等部専攻科デザイン科(当時)に通った松谷さん自身がモデルだ。

 竜一の恋人でろう者のようこは、大阪の工場に就職する。物語は2人の遠距離恋愛と、学校や職場での生活を中心に進んでいく。

 竜一が進学を機に住むアパートは、住人全員がろう者。インターホンを押すと部屋の回転灯が光る。同じ部屋にいても、後ろを向いている相手は、足で床をたたいて振動で呼ぶ。

 竜一がろう学校の友人たちに笑われる場面がある。掃除機のコードが抜けたことに気づかないまま、掃除していたからだ。以来、竜一は時々掃除機を足で触り、動いているか確かめるようになる。

 松谷さんは「ろう者のありのままを知ってほしいと思って描きました」と話す。「アメリカ人にはアメリカ人の文化があるように、ろう者にはろう者の文化があるんです」

 松谷さんは生まれつきのろう者で、耳が聞こえる「聴者」の両親のもとに生まれた。小中学校は、難聴学級がある奈良市内の公立校に通った。手話は使ったことがなく、筆談と口話、身ぶり手ぶりで友人や家族と意思疎通していた。

 幼い頃に熱中したのは漫画。「当時のテレビ番組は字幕がなく、全く面白くありませんでした」と松谷さん。「ガヤガヤ」「シーン」といった擬声語、擬態語も漫画で覚えた。「シーンという音はないって、後から知りました」

 小学生のころ、手塚治虫や藤子不二雄をまねて漫画を描き始めた。クラスで回し読みされ、友達ができた。「漫画が居場所を作ってくれました」

 中学卒業後、奈良県立ろう学校に入学すると、生徒たちが手話で楽しそうに話す姿に衝撃を受けた。手話は上級生を見ながら覚えたそうだ。

 松谷さんが自らの半生を下地に漫画を描こうと思ったきっかけは、ろう学校の野球部がテーマの漫画「遥かなる甲子園」を読んだこと。ろう者にしか描けない世界があると感じた。

 自身の作品で力を入れたのは「聴者とろう者の溝」。ろう学校のデザイン科の生徒たちが、作品展示会の来場者に「聞こえないのにえらいね」と言われて、怒る場面を描いた。「私にとっては、絵を描くことも車を運転することも、当たり前なんです」

 最新巻の5巻は、竜一とようこの新婚生活が描かれる。ろう者の妻とともに、中学2年生の息子を育てる松谷さん。6巻以降では自身の経験をもとに、ろう者夫婦の子育てを描くつもりだ。

 「聾」はインターネットで連載中で、最新話は「無料WEBコミック雑誌てんてる」(http://tenteru.jp/別ウインドウで開きます)で読める。5巻は176ページ、税別1429円。問い合わせは、出版処てんてるのメール(info@tenteru.jp)へ。

 

<アピタル:ニュース・フォーカス・その他>

http://www.asahi.com/apital/medicalnews/focus/(照井琢見)