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 はやる気持ちが抑えられなかった。

 2016年夏、第98回大会の高知大会決勝。中村は王者の明徳義塾を追い詰めていた。九回表、2点差とし、無死二、三塁。一打同点の好機は続いていた。

 5番の渡辺大晴がたたいた打球は、鋭いライナーとなって二遊間に飛んだ。

 「抜ける」

 二塁走者の北原野空が三塁に数歩踏み出した時、打球は二塁手の正面をついていた。慌てて戻ろうとしたがボールは遊撃手に送られ封殺。一瞬で好機がしぼんだ。

     ◇

 無死二、三塁。二遊間への飛球では二塁走者は打球が外野に抜けるのを確認し、中堅手の守備位置も考慮して走塁を判断する。だが、二塁に戻るには飛び出しすぎていた。

 北原は長打力があり、2年生ながら4番を任された。落ち着いた性格が先輩からも信頼されていた。

 決勝は九回まで3打席すべてで凡退。だが、九回無死満塁で意地を見せる。明徳義塾のエース金津知泰のスライダーを左越えに運ぶ2点適時二塁打。二塁で笑顔を見せた北原。その直後の走塁だった。

 自分の走塁について「同点のホームを踏みたいという気持ちが強すぎた」と北原は悔やむ。ゴロだったら本塁まで一気に走ってやる。そう何度も心の中で唱えていた。だから先走ってしまったのだ、と。

 「決勝は気持ちが空回りしてしまった。大舞台で戦うためには、普段から本番を想定した練習がもっともっと必要だった。経験値が明徳義塾よりも足りなかった」

     ◇

 決勝に至る中村の道のりは険しかった。新チーム発足後の秋の県予選や、その後の春の県予選ではコールド負けを経験した。だが、その年の5月の公式戦で明徳義塾と対戦。4―6と敗れたが、最終盤まで競り合った。北原は「強豪相手に手応えを感じた」と振り返る。

 夏もノーシードだったが決勝まで勝ち上がった。準々決勝では、古豪の高知を6―4と破った。準決勝の高知中央戦では、19安打の猛攻で12点を奪い、12―4と七回コールド勝ちした。

 だが決勝は、一回にもミスが出た。

 一回1死一、二塁。北原が空振り三振した際、二塁走者の西治希が飛び出し、捕手の送球で刺された。西はアウトカウントを間違えていた。西は「いつも通りやろうと思ったけど、どこか体が重かった」。試合前、見慣れたはずの県立春野球場がいつもと違って見えた。

 九回表、先頭打者の大黒駿が死球で出塁すると、続く西は左前打を放った。西は「失敗を取り戻せた」とばかりに泣きながら一塁に走った。

 「勝たなきゃ意味ない」。北原は雪辱を誓い、秋から投手に転向。投げ込みを重ね、約2週間で球速を7キロ上げた。秋季大会県予選決勝では明徳義塾を完封。これが評価され、中村は17年春、21世紀枠で40年ぶりの選抜大会出場を果たした。=敬称略(菅沢百恵)

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