【動画】生き埋めになった住民を救出 東広島市安芸津町
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 広島県東広島市で、土砂崩れで倒壊した民家に閉じ込められた家族4人が、約27時間かけて全員救助された。当日、何があったのか。助け出された殿畠義将(とのはたよしまさ)さん(47)が朝日新聞の取材に当時の状況を語った。

 広島市から東に約50キロ。東広島市安芸津町(あきつちょう)木谷(きだに)は、谷あいに家々が点在する集落だ。そこに築100年ほどの2階建ての民家が立っていた。裏手に山が迫る。

 6日の夜、義将さんは夕食後、母屋の2階で横になり、映画「ジュラシック・パークⅢ」をテレビで見ながらくつろいでいた。

 父親の英治(ひではる)さん(71)は1階の居間で、広島カープのナイター中継をラジオで楽しんでいた。同じ部屋では祖母の久美子さん(93)がこたつで横になっていた。いつもは山側の部屋で寝ているが、この日は雨がひどく、万が一に備えて谷側の居間で寝させていた。

 弟の政治(まさはる)さん(45)は1階の別の部屋で、仰向けになりながらスマートフォンをいじっていた。母親の佐智子さん(65)は、母屋から少し離れた納屋で寝る用意をしていた。

 午後9時すぎ、突然、土砂が襲った。ドドーンという雷鳴のような音が響いた直後、天井の梁(はり)が落ちてきた。明かりが消え、闇の中で何も見えない。近くにあったスマホの照明をつけると、目の前に天井が迫っていた。床との隙間は30センチほど。「これはなんじゃ」と思った。愛用していた2台のスロットマシンが天井の落下を食い止めてくれた。

 階下から叫び声が聞こえた。「大丈夫か」と声をかけると、「背中が圧迫されて痛い」という弟の声が聞こえた。父親も生きていることがわかった。「トイレに行きたい」という祖母の声も聞こえた。

 2時間ほどたった午後10時56分、スマホに消防隊員から着信があった。「大丈夫ですか」と聞かれたので、家族の様子を伝えた。その後も断続的に安否を尋ねる電話があった。スマホは充電していたので、バッテリーは十分だった。

 7日午前2時ごろ、動かすことができた手足で天井を破り、屋根裏に出ることができた。わずかに身動きが取れた。布団をかぶって、屋根からしたたる雨水をしのぎながら眠った。

 午前7時ごろ、階下から「まだか、まだか、いつ助けが来るんや」という父親の声が聞こえた。背中が痛いと訴えていた弟は、「足が挟まれて苦しい」と訴え始めた。いつしか祖母の声は聞こえなくなっていた。「もしかしたら、あかんかも」。考えがよぎった。

 午前11時ごろ、がれきの隙間から消防隊員の顔がのぞいた。ようやく屋根裏から抜け出すことができた。生き埋めになってから、14時間がたっていた。「わしだけ先に出てええんか」。3人の身を案じながら、救急車で現場を離れた。

涙ぐみ「奇跡です」

 義将さんが病院に運ばれたあと、現場は2度目の夜を迎えた。滝のような大粒の雨が降るなか、自衛隊員15人が午後8時ごろに到着し、消防隊員とともに救助作業に加わった。

 「3人とも意識があります」。7日午後9時50分ごろ、見守っていた母親の佐智子さんに、消防隊員が声をかけた。佐智子さんは離れた納屋で無事だった。20人ほどの住民たちから拍手や歓声が上がった。佐智子さんは涙ぐみながら、「奇跡です。ありがとうございます」と頭を下げた。

 父親の英治さんは午後10時5分ごろ、祖母の久美子さんは午後11時25分ごろ、最後に弟の政治さんが8日午前0時35分ごろに助け出された。生き埋めから27時間がたっていた。

 義将さんはかすり傷程度で済み、8日に避難所で取材に応じた。家族3人は入院した。4人とも室内で横になっていたこと、近くにこたつや机があったことで落下物の直撃を免れた、と考えている。「一つひとつの偶然の積み重ねだった。1人でも立っとったら、危なかった」と振り返った。(新田哲史、細見卓司)

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