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 瀬戸内海に浮かぶ松山市の怒和(ぬわ)島。面積約5平方キロの島に、小学校は一つしかない。全校児童は6人。島民は口々に「子どもは島の宝物」という。その学校に通う姉妹が、母親とともに豪雨で命を落とした。

 市立怒和小学校と市教育委員会によると、亡くなったのは3年生の井上陽葵(ひなた)さん(9)と、1年生の結衣(ゆい)さん(6)。両親と木造平屋建ての家に住んでいた。

 7日午前0時50分ごろ、裏山が崩れて家ごと土砂にのみ込まれた。父親は助かったが、姉妹は約12時間後に母親とともに見つかり、死亡が確認された。

 かんきつ栽培が盛んな島の人口は300人あまり。幼稚園や保育園は島になく、船で近くの島のこども園に通う。以前あった中学校はなくなり、小学校を卒業すると島外で寮生活をする。怒和小の子どもだけが日中を島で過ごし、島民に見守られて育つ。昼休みに先生と海辺へ行き、瀬戸内海の海を眺めながら給食を食べることもあった。

 妹の結衣さんはこの春、島外のこども園を卒園し、島の小学校に入学した。高齢化が進む島にとって、姉の陽葵さんが入学して以来2年ぶりの新入生だった。入学式の集合写真には、保護者と在校生5人が後ろに立ち、その前で緊張した表情で校長先生と並んで座る結衣さんが写っている。

 こども園のアルバムには、小学校でやりたいことを「もじのけいこ」と書いていた。入学して3カ月。もうすぐ初めての夏休みが始まる矢先だった。

 家から小学校まで、海沿いの長い道が続く。姉の陽葵さんは登下校のとき、まだ歩くのが遅い結衣さんの背中を押しながら、一緒に歩いていた。

 近所に住む女性(65)は、姉妹が通学する姿を毎日のように見ていた。「自分たちから元気におはようとあいさつしてくれて、放課後は無邪気な笑い声が聞こえてきた。年寄りばかり増える中で、子どもたちの元気な姿は島の宝だった」と言葉を詰まらせた。

 陽葵さんの将来の夢は歌手。昨年には隣の島の小学校と合同で演奏会があり、ほかの子どもたちと大きな声で歌っていた。同じこども園に娘を通わせていた女性(41)は「怒和の子どもたちは人数が少ないから、みんな仲がいい。団結力がすごくて、結衣ちゃんも張り切っていた」と話す。

 別の女性(74)は「子どもの声を聞くだけで元気になる」と語る。秋になると島民が小学校に集まり、子どもたちと運動会をする。「子どもと交じって笑い合って、自分の孫みたいに応援していた」。子どもみこしもあり、姉妹も交じって担いでいた。「2人の笑い声、元気なあいさつが聞けなくなって、本当に寂しい」と悲しんだ。

 女性はフェリーでこども園に通う妹の結衣さんとよく顔を合わせていた。引率の先生に甘えていたが、小学校に入り、はきはき話すようになった。「成長を見るのが自分の孫と同じくらい楽しみやった」という。

 怒和小学校の山口斗志校長は7日、現場で捜索活動を見守った。遺体が見つかったあと、父親は「まるで寝ているような顔でした」と話したという。

 「全校児童6人。先生は5人。家族が亡くなったような気持ちです」。沈痛な表情で校長は言った。(藤井宏太)