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 土砂崩れに襲われた北九州市門司区と鹿児島市の民家では、9日朝までに被害にあった人たちが発見された。犠牲者を悼む声も広がっている。

 死亡が確認された門司区の西邑一雄さん(68)は以前、鉄鋼会社に勤めていた。同僚で、北九州市若松区の同じ団地に住んでいた男性(81)は「やさしい人柄で、まじめな働きぶりだった」と振り返る。行方不明になった一雄さんの妻は、団地で管理人の仕事に携わっていたという。その後、夫婦で門司区の霊園の管理人をすることになり、引っ越した。「お墓守をしようという心がけの夫婦がこんなことになるなんて」。男性は声を詰まらせた。

 西邑さん夫婦は2016年3月末まで、住み込みで霊園の管理人を続け、現在の家に移ったとみられる。前町内会長の岸田太門さん(72)によると、一雄さんは転居してきた年に町内会の班長になった。「物静かな人でしたが、集会にはちゃんと出席し、『班長になりました』とあいさつしていた。きちんとした方でした」と振り返った。

 鹿児島市・桜島の土砂崩れの現場では、発生から約9時間後の8日午前2時前、山元虎彦さん(84)、澄子さん(84)夫妻が心肺停止の状態で発見され、その後死亡が確認された。

 近くに住む虎彦さんのおいの岩森正さん(66)は7日朝、虎彦さんに「避難するなら連れて行くよ」と声をかけたが、「大丈夫、大丈夫」と断られたという。岩森さんは「あのとき強引に連れて行っていれば」と声を落とした。

 近くでガソリンスタンドを営む有馬文枝さん(44)によると、虎彦さんは畑仕事を欠かさず、洗濯物を干すなどもしていたという。有馬さんは「こないだまで話していた人が一瞬でいなくなってしまった。土砂の流れが違ったら自分も巻き込まれていたかもしれない。こんな恐ろしいことが起こるなんて」と話した。

再開めざすJR、高速道はめど立たず

 交通への影響が続いている。JR筑肥線は、列車の最後尾の車両が土砂に押し流されたため、筑前前原―唐津間で運転を見合わせているが、JR九州は12日始発の運転再開を目指している。

 8日は脱線した列車を線路上に戻し、博多側に約40メートル移動させたうえで、土砂の撤去作業を始めた。土砂の撤去後、線路のゆがみや土砂が崩れた場所の安全確認を進める。JR九州は、9日朝から西唐津駅・唐津駅―筑前前原駅間でバスの代行輸送を始めた。

 高速道路は、北九州市小倉南区で道路脇ののり面が幅約30メートル、高さ約12メートルにわたって崩れた影響で、九州道小倉東インターチェンジ(IC)―門司IC間で通行止め。東九州道豊前IC―苅田北九州空港IC間も土砂崩れで通行止めで、ネクスコ西日本は「いずれも解除の見通しは不明」としている。北九州高速道路では9日正午現在、一部区間の通行止めが続いている。