[PR]

 NPO「災害人道医療支援会(HuMA)」=本部・東京=の医療チームが豪雨災害で大規模な氾濫(はんらん)が起きた倉敷市真備町の避難所で9日から診療支援や健康相談を始めた。

 HuMAは、1995年の阪神大震災や2000年の有珠山噴火、海外での難民支援など数々の大災害現場で培った経験や技術を次世代の医療者に伝える目的で02年にできた。

 主に小規模チームで機敏に動き、行政や大規模救援チームの間をつなぐ役目を担う。日本DMATや、政府の国際緊急援助隊などで経験を積んだメンバーが多く、国内外の現場に出動した多数の実績がある。

 今回の豪雨災害では、小田川などの堤防が決壊した翌日の8日に先遣隊として看護師2人が倉敷市に駆けつけた。市災害対策本部などとの調整をもとに、9日から医師が合流し、避難所になっている市立薗小学校(同市真備町市場)を中心に活動を始めた。

 チームの小倉健一郎医師は、スマトラ沖地震津波(04年)、パキスタンの大洪水(10年)などで医療支援をしてきた。小倉医師が見た避難所の状況や、今後の懸念などを聞いた。

 予想以上に冠水範囲が広く、ひっくり返った車やトラック、電線にひっかかった家具など、洪水の爪痕が生々しい。11年の東日本大震災で医療支援に行った宮城・南三陸の津波被災地の光景と重なった。

 避難所では、日中は自宅の片付けなどで外に出ている人も多く、重大な医療ニーズはそれほど多くはない。血圧の薬などを持ち出せず、困っている人などへの対応が中心になった。

 仮設トイレが整然と並び、東日本大震災の反省が生きていると感じた。だが、プライバシーを守るついたてはなく、ゆっくり休養が取れる環境にするには、改善の余地がある。

 水害後は、ぜんそくの悪化など呼吸器障害に注意が必要だ。乾いた泥が細かい粒子になって舞い、吸い込むと肺の奥まで入り込む。

 暑さも大きな問題だ。避難者がいる体育館に冷房はなく、蒸し暑い。診察した中には熱中症状態の人もいた。東日本大震災の避難所は寒さとの闘いだったが、今回は暑さとの闘いだ。水につかった家にすぐに帰ることは難しく、長期戦になる。空調がある避難所に集約するなどの対策を急ぐ必要があるだろう。(中村通子)