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 西日本を襲った記録的な豪雨で、三原市本郷町では川から氾濫(はんらん)した水で一帯が冠水し、甚大な被害が出た。6日夜から冠水が続き立ち入りが困難だったが、晴れ間の出た9日、同町船木地区に記者が入った。

 同地区を沼田(ぬた)川が貫いている。昼前、川の東側にある地区を歩くと、住民たちが水に漬かった家具を外に運び出して干したり、家の補修に使う木材を運び込んだりしていた。一方で西側は、いまだに大人のひざほどの高さまで冠水していた。泥水を沼田川に排出するポンプの故障が続いたためで、10日朝までにようやく水が引いた。

 東側で一人で暮らす杉田美貴子さん(67)は6日夜、広島カープの試合をテレビで観戦していた。次第に電波が悪くなって画面に波模様が横切るようになり、試合が八回の頃には映らなくなった。

 午後11時半ごろ、屋外の街灯が切れた。それから1時間半ほどで、急速に屋内に水が入ってきた。衣類や懐中電灯、あめ玉、水をつかんで2階に避難。階段の7段目ほどまで浸水し、2階の窓からは自宅前を滝のような水と一緒にゴミが流れていくのが見えた。一晩中眠れなかった。

 翌7日には消防隊員がボートで地区内を回ってきた。ただ自宅の方が安全で安心できると感じ、避難する気にはなれなかった。あめ玉と水だけで過ごし、8日朝に初めて1階に下りた。

 電話やパソコン、冷蔵庫といった家電や車、トラクターは全滅。記者が訪れた9日も、家具などが泥にまみれたままだった。杉田さんは「これじゃカープが見られない」と笑いながらも、「片付ける気にもならん。これからどうやって生きていけばいいのか……」と声を落とした。

 避難所の本郷船木ふれあいセンターを訪れると、住民たちはソファで雑談に興じたり、畳の上に横になって休んだりしていた。前日の8日夜には30人ほどが寝泊まりしたという。

 避難生活を送る小野進一さん(85)は「ここには毛布やマスクもあり、不便はありません」と話す。一方で、冠水が続いた自宅が気がかりだ。「廊下や畳も土に埋まってるでしょう。大変なのはこれからです」(橋本拓樹)