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 全国で15校しかない、第1回大会から連続して出場している“皆勤校”のひとつ同志社が11日、京都大会2回戦で京都学園と対戦した。同志社の応援席には、野球部OBにまじり、スクールカラーの紫色のTシャツを着た肥田(ひだ)美智子さん(70)=向日市=がいた。肥田さんは1965年に同校3年。野球部のマネジャーだった。

 同志社の現役マネジャーは試合前、球場の入り口前で選手の飲み物を用意していた。そこへ激励に来た肥田さんは「がんばってね」と声をかけた。記録員としてベンチに入る2年生の吉田百花(ももか)さんに、暑さ対策の保冷剤を手渡した。

 府高野連によると、肥田さんは府内の女子マネジャーの先駆者。半世紀以上前、運動部の女子マネジャーはほとんどいなかった。同志社中学校から同志社高校に進み、学校法人同志社の職員になった。同志社の高校野球部を応援し、試合の観戦を始めたのは中学1年のときだった。

 小さいころから体が弱く、なかなか外で遊べない。高校野球のラジオ中継を聞くのが好きだった。

 観戦歴は57年。応援も慣れたものだ。三回裏2死一、二塁のチャンス。「さあ、いこう!」と声を張り上げた。

 自身が高校3年生だったとき、京都大会で記録員としてベンチに入った。そのころは深刻な部員不足。応援団から助っ人を借りてくるほどだった。男子マネジャーを試合に出すため、放送部と生物部をかけもちしていた野球好きの肥田さんに声がかかった。

 “皆勤校”の同志社だが、肥田さんは「私がマネジャーをやらなかったら途絶えていたかもね」と笑う。

 母校のグラウンドに顔を出すようになったのは退職後の61歳。今では、同志社高校出身で夫の正法(まさのり)さん(71)と一緒にチームの遠征にも顔を出す。試合は0―12で敗れたが、「生きてるうちに、うちの子たちは甲子園に行けるかしら。行ってほしいなあ」。(本多由佳)

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