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 「私には耳が聞こえない弟がいます。そのために私も周囲から差別を受け、結婚できるのか、子どもを持てるのかと、ずっと悩んできました」

 仙台市内で6月に開かれた旧優生保護法を巡る裁判の集会。埼玉県から駆けつけた藤木和子弁護士(35)が、詰めかけた参加者に語りかけた。

 不妊手術を強いられた障害者らが、各地で国に損害賠償を求めている裁判。藤木さんは5月、東京の弁護団に加わった。理由の一つは「自分の中の優生思想と向き合うため」だった。

命の価値とはなにか
重い障害のある入所者19人の命が奪われた「やまゆり園事件」から間もなく2年。「障害者は不幸を作ることしかできない」。命を選別する植松聖(さとし)被告の言葉は、社会に暗い衝撃を与えた。命の価値とはなにか。障害者の「きょうだい」として生きる人の目を通して考えてみたい。

 3歳年下の弟は、優しくてまじめ。お互いの仕事や好きな漫画について手話で語り合い、今回の裁判も「がんばって」と応援してくれる。

 小学生の時、弟に障害があることを知る友達から「不幸がうつる」とからかわれた。弟の障害は母の責任ともとれる言葉を母に向ける大人たちも目にした。弟を哀れむ言動にも直面した。社会のモノサシでは障害者は生まれてこないほうがいいと思われてしまう存在で、その家族の自分も差別される側にいる――。その頃芽生えた感覚は、成長するにつれ結婚や出産への不安につながっていった。

 きょうだいに障害者がいると結婚できないかもしれない。結婚できたとしても、障害のある子を産んだら母と同じような差別を受けるのではないか。そんな恐れが消えなかった。「弟も自分も不幸。自分は生まれてこないほうがよかった」とまで考えた。

 大学生の時に読んだ障害学の本に、障害があり施設で暮らす女性が子宮を摘出し、結婚の夢を断ち切ったと書かれていた。憤りや疑問はあったが、「悲しいけれど、それも一つの選択。私も結婚や出産への望みを捨てれば楽になる」と、女性に自らを重ねて思った。命に優劣をつけ、障害者は生まれないほうがいいとする「優生思想」を仕方ないと感じる自分がいた。

 生きることが、ずっとつらかっ…

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