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 多くの学校が夏休みに入り、海外旅行シーズンを迎えました。渡航される皆さん、体の調子を崩した時の備えは万全でしょうか。「ワクチンも打ったし旅行保険に入ったから大丈夫」。そう思っていると、思わぬ落とし穴が待っているようです。旅行医学のプロが語る「ホントの備え」を紹介します。

 日本旅行医学会の篠塚規専務理事は、留学前の学生を対象に講演をする際、次のようなクイズをする。

 ①20歳以下の人が病院にかかる場合でも、日本同様に必ず診察してもらえる

 ②海外でも重症でなければER(救急外来)に行くべきではない

 ③実際には海外のERでは、外国人が後回しにされることが多い

 ④海外の市販薬は強すぎることが多いので注意が必要

 ⑤海外保険に入ってさえいれば、病気・けがは安心である

 答えはすべて「×」だ。

 理由については、記事の後半で説明するとして、篠塚さんの講演では、続けて実際に起きた事例紹介をする。米国留学をしていた20代の女子大生。留学の途中、1カ月の予定でカナダにホームステイをしていた際、せきや発熱、頭痛で寝られなくなるほど体調が悪くなった。日本にいる家族は「救急車を呼べ」と本人に電話で指示したが、本人は救急車も呼ばず、なかなか病院にも行かなかった。その結果、肺炎をこじらせて亡くなってしまった。

 なぜ女子学生は病院に行こうとしなかったのか。それは、出国前に大学で受けたオリエンテーションが理由だった。「海外では、最初に診察したドクターの紹介がないと病院にかかれない」という説明があり、それを信じていたという。篠塚さんは、「事前のオリエンテーションの内容は予防接種と保険関係がほとんどで、現地での病院のかかり方などの情報は乏しく、しかも内容は間違っていた。日本と違って、欧米ではクリニックなどは予約制だ。緊急の場合、欧米では救急車をまず呼ぶことが第一だ」と指摘する。

 篠塚さんは、海外では保険会社からもらったリストではなく、その土地の社会的な地位のある人や、高級ホテルが推薦する医療機関の受診をすすめている。保険会社は総じて日本語が通じる医療機関を優先しがちで、専門性や質、アクセスのしやすさを吟味している訳ではないからだという。「日本に来る外国人だって、母国の保険会社より、滞在先のホテルや信頼できる人に聞いた方が良いに決まっている」と篠塚さん。

救急車が有料の国も

 一方、篠塚さんらの調査では救急車は香港や韓国、英国は基本的に無料だが、有料の国も少なくない。米国では、200~400ドル、ハワイは公営が130ドル、民営が360~380ドルで、距離によって加算される。が、おおむね保険でカバーできるという。

 海外で事故やけがをする事例の中身もさまざまだ。AIG損害保険がまとめた1千万円以上の高額支払い事例によると、浜辺で岩石につまずき骨折、ホテルの浴槽で転倒し、バスタブに額を打ち付けて裂傷などの事例があった。ほかにも、食事中や飛行機で移動中に脳梗塞(こうそく)になったほか、脳腫瘍(しゅよう)やギランバレー症候群などといった事例もあった。交通事故も目立つという。

 ①~⑤の解説

 冒頭のクイズを振り返ると、①~③については、欧米などでは、救急の場合には最優先でERに行くべきで、クリニックなどは日常診療にあたる施設だということから答えが分かるはずだ。④は、日本と違って、医師が処方するような薬も市販されている国もある。あまり自己判断はしない方が良いとも言える。ここまでくれば、⑤の海外保険に入ってさえいればこと足りるというのは間違いだとおのずとわかるだろう。

未成年者は親の治療同意書が必要な場合も

 日本旅行医学会では、持病を持つ人が出国前に記入して持って行く安全カルテを推奨している。さらに海外での病院のかかり方や医療体制の解説、病院で病気やけがを説明するための英会話集などを盛り込んだ冊子「自己記入式安全カルテ」(同学会監修)の小児用、学生用、成人用の3種類をまとめ、販売している。大手の書店でも扱っている。

 特に未成年の場合、親の治療同意書をもっていくことも重要だ。持っていないと診療を拒否される場合もある。

 事前に医師と相談したい場合は、日本旅行医学会のウェブサイトで国内の認定医を紹介している。

http://jstm.gr.jp/summary/別ウインドウで開きます

 海外に持っていくべき薬は、鎮痛剤、風邪薬、整腸剤の3つだ。

 鎮痛剤は、頭痛だけでなく歯の痛みや発熱にも効く。旅先で手足の指をぶつけたり、転んだりすることも少なくない。そんなときの痛みにも対応できる。3~5回分が目安。

 風邪薬は、ふだん飲み慣れている市販薬でも、医師に以前に処方してもらって残っている薬でも良い。3日分は準備すべきだという。

 海外では水が変わっただけでもおなかを壊すことがあるので、1週間分ぐらいの整腸剤は必需品だ。このほか、下痢や体調不良、熱中症のときに粉末のスポーツドリンク剤を持っていると、点滴と同じような効果が期待できるという。

大学でじわり広がる対応

 千葉大学国際教育センターは6、7月、篠塚さんを招いてキャンパス内で危機管理ガイダンスを開催、多くの学生が集まった。テーマは「海外での病院のかかり方、知っていますか?」。

 千葉大予防医学センター長でもある森千里教授は「昨年から、大学内で、こうした知識を広げる講習会や研修を進めてきた。留学生が多いということもあるが、全国でもこうした取り組みは珍しいのではないか」と話している。

 日本旅行医学会も12月をめどに各大学の海外留学を管理する職員や教員を対象に、現地での対応ノウハウを学生に備えさせるための講習事業を始める準備を進めている。

<アピタル:医療と健康のホント>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/honto/(服部尚)

服部尚

服部尚(はっとり・ひさし) 朝日新聞記者

1991年入社。福井支局をふり出しに、東京や大阪の科学医療部で長く勤務。原発、エネルギー、環境、医療、医学分野を担当。東日本大震災時は科学医療部デスク。編集委員を経て、現在は科学医療部記者。