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 内戦が続く南スーダンの和平協議が難航し、国家としての存続が危うくなるとの声も出始めている。仲介に奔走するのが、もともと一つの国だった隣国スーダンで、内戦のさらなる余波を警戒する。「二つのスーダン」は正念場を迎えている。

 「どのグループも、まだ署名していない」。南スーダン政府のマクウェイ情報相は20日、地元ラジオのインタビューで、反政府勢力との連立政権発足に向けた協議が難航していると認めた。大統領の任期や副大統領の人数などをめぐって対立しているという。

 キール大統領は合意を結ぶ意向は示しつつ、「南スーダンは(国際社会の)実験場になっている」とも語り、仲介する周辺国などに批判の矛先を向けた。

 政府と反政府勢力は連立政権を立ち上げたことがあるが、戦闘が拡大して1年弱で崩壊した。長期化する内戦の影響で、両者は内部でさらにグループに分かれて争っている。このため合意がなされても、それを維持するのにも困難が伴う。

 一方、独立時から最大の援助国だった米国は、内戦を止められない南スーダン政府への不信感を強める。13日にあった国連安全保障理事会では、米国のヘイリー国連大使が「南スーダンの人々を助けるには暴力を止める必要がある。武器の流入を止めなければいけない」と主張。武器禁輸を柱にした制裁決議を主導し、採択させた。

 南スーダンは、スーダンとの内戦を経て、2011年7月に分離独立した。だが、国家収入の9割を占める石油資源などをめぐり、キール大統領が率いるディンカ、マシャル副大統領(当時)のヌエルという2大民族が対立。13年から内戦に陥っている。

 南スーダンの地元記者は「独立後、スーダンという共通の敵がいなくなり、石油収入や国際社会からの援助金の分配をめぐって利権争いが激しくなった」と指摘する。

 国民の3分の1にあたる約400万人以上が、今も国内外で避難生活を送る。北部ベンティウ近郊にある国内最大の避難民キャンプで3年近く暮らすサラ・ドゥオさん(30)は、政府軍の兵士とみられる武装勢力に自宅を焼かれ、夫と生き別れた。「(政治家は)争いをやめ、一日も早く平和な国を取り戻してほしい。家に帰って子どもを学校に通わせてあげたい」と訴えた。

 南スーダンをめぐっては、日本の陸上自衛隊の施設部隊が、12年1月から国連平和維持活動(PKO)として派遣されていた。その後、「一定の区切りがついた」として、昨年5月に撤収している。(ヨハネスブルク=石原孝

仲介に意欲示すスーダン

 「和平協議が破綻(はたん)すれば、南スーダンという国家の存続そのものが問われることになる」。スーダンの首都ハルツームで、スーダン政府高官は語った。バシル大統領は和平協議の仲介に意欲を示している。

 2017年の国連人道問題調整事務所の統計によると、南スーダン内戦でスーダン側に逃れた難民は約45万人。独立前に逃げた人も含めると、スーダンに住む南スーダン出身者は、この2倍以上との見方もある。

 こうした人々にも教育や医療などを提供しているが、スーダンの財政は危機的状況にある。産油国だったが、油田の8割を占める南スーダンが独立し、経済が苦境に陥った。今年初めには政府の補助金カットに伴ってパンなどの価格が2倍近くに跳ね上がり、抗議デモが起きた。

 スーダンでは、03年に始まり「世界最悪の人道危機」を招いたとされる西部ダルフールの紛争が、沈静化しつつある。南スーダン内の武装勢力と密接なつながりを持つ勢力を抱えているため、南スーダンで内戦が再燃すれば、自国に波及する懸念がある。

 スーダンは国際テロへの関与が疑われ、1997年から米国の経済制裁が科されていた。その後、ダルフール問題の対応が評価され、昨年10月に解除された。今は「テロ支援国家リスト」からの削除を求め、働きかけを強めている。南スーダンの和平協議の仲介に熱心なのは、国際社会への復帰や、海外からの投資拡大に弾みを付けたいとの狙いも見え隠れしている。

 米欧各国から、これまで「独裁」との批判を招いていたバシル政権は、一部野党勢力から閣僚を起用し、融和路線を演出している。20年に予定されている大統領選や議会選などで、民主化の進展をアピールする構えだ。(ハルツーム=小森保良)