拡大する写真・図版 豪雨で立ち往生していた被災者を誘導中に土石流で流され、行方不明の山崎賢弘さん(29)の捜索現場。見守る山崎さんの母親の美智子さん(59、中央)は「大勢の方々に捜していただき感謝しています。今でも息子にどこかで生きていて欲しいと思っています。命があることは普通ではなく、特別なことなのだということに気づきました。警察官として職務を全うした息子を褒めてやりたい」と話した。父親(60、右)は「1分1秒でも早く姿を見せて欲しい」と話した。=2018年7月14日午前11時32分、広島市安芸区矢野町、小川智撮影

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 6日午後7時半ごろ、広島市安芸区矢野町の山あいの道を、男性は車で広島県呉市の自宅へと急いでいた。車内には男性の家族もいた。

 雨が激しく降り注ぐ中、信号で止まった男性の車の前方から、土砂と濁流が押し寄せてきた。車が6台ほど巻き込まれていた。

 「これはだめじゃ!」。男性の車も巻き込まれ、しばらく流されて止まった。周りの泥水はどんどん水位を上げていった。

 2人の若い男性の姿が見えたのは、そのときだ。流れてきた車の1台から降りた2人は、ひざまである濁流の中、男性たちの車に駆け寄ってきた。

 「警察です。逃げましょう」。警察官を名乗る私服姿の2人は、周りの車にいる人たち全員に声をかけて避難を促した。10人が集まった。激しい雨と近くの川が流れる音で、互いの声が聞き取れない。2人の警察官は声を張り上げた。「上の方に避難しましょう!」

 斜面の上に向かって数メートル歩くうちにさらに水位が上がり、腰くらいまで水につかった。「ここは危ない」。2人の指示で近くにある高架の広島熊野道路を目指し、100メートルほど引き返した。

 そこへ2回目の土砂が襲った。前と後ろで電柱が2本、火花を散らしながら倒れるのが見えた。

 「いつでも助けを呼べるように」と、男性は服に包み込むようにして持った携帯電話を、手放さないよう力を込めた。

 10人は列を作るようにして近くのガードレールにしがみついた。「これがベストの避難方法だったよねえ」。後ろの方で警察官2人が話す声が聞こえた。

 地鳴りがした。「何かきよる! 何かきよる!」。男性の家族が叫んだ。

 3回目の土砂が濁流と一緒に流れてきた。真っ暗で何も見えない中、「圧迫感のある何とも言えない物体が、ぞろぞろと車をつぶしながら流れ落ちてきた」。

 男性はガードレールをつかんで必死に耐えた。後ろを振り返ると、警察官2人を含む3人の姿が消えていた。

 残された7人は「助けてくれー!」と叫び続けた。男性の家族はツイッターに現状を投稿し、助けを求めた。約2時間後、県警などに救助された。

 「警察官の方がいなければ、全員が車の中で死んでいたかもしれない。心から感謝している。早く見つかってほしい」。男性はそう願っている。

捜索見守る2人の親

 行方不明の2人は、広島県警呉署交通課の晋川尚人(しんかわなおと)さん(28)と山崎賢弘(かつひろ)さん(29)。6日夜、署での勤務を終え、1台の車に同乗して帰宅する途中だった。

 「土砂が来た! 土砂が来た!」。午後7時45分ごろ、呉署に晋川さんから混乱した声で電話があった。同じ頃、父の芳宏さん(54)が晋川さんに電話すると、話し中の音が流れた。もう一度かけたがまた話し中。数分後、3度目の電話をかけると、電源が入っていないとの通知が流れた。

 「心配になったが、待つしかなかった」。このときを最後に、晋川さんとの連絡は取れなくなった。

 「目の前に困っている人がいると黙っていられない子」だと父は言う。

 刑事が主役のドラマや映画が子どもの頃から好きで、大学卒業後、警察官になった。昨年10月に広島県内に家を新築した。長男は5月に2歳になった。「はよう出てきてくれ」。父は捜索現場に通い続ける。

 もう一人の警察官、山崎さんは4人兄弟の次男。母の美智子さん(59)は「思いやりのある子」と言う。

 高校時代は運動会で応援団長を務め、自ら立ち上げたバドミントン部では部長だった。

 警察官になり、広島市内で77人が犠牲になった4年前の土砂崩れ現場でも救助活動に加わった。「土砂災害の怖さは身にしみてわかっていたはずなのに」と母は悔やむ。

 東広島市の実家で母は野菜を作っている。行方不明になる数日前、「近々取りに来んさい」と電話で息子に伝えたばかりだった。(大滝哲彰)