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 15日は石川県立野球場と金沢市民野球場で1回戦1試合と2回戦5試合があり、選抜大会8強の優勝候補2チームの明暗が分かれた。連覇を目指した航空石川は強力打線が本領を発揮できないまま、初戦敗退。金沢市工の185センチの長身左腕が波乱の立役者となった。星稜は投打に連合チームを圧倒し、3回戦に駒を進めた。

重い空気ぬぐえず

 おごりや慢心は一切なかったと言っていい。連覇を狙った航空石川はチーム内に増幅する不安、弱気の影にのまれ、初戦で散った。

 「いろんなプレッシャー。今までにない空気がベンチに流れていた」

 4番打者の上田優弥(3年)はあらがいがたい流れを涙とともに振り返った。初回2死二塁から自身の適時二塁打で先制。三回1死二塁でも適時打を打ち2点をリードしても、勢いは出ない。1点差に迫られると、逆に焦りだした。1点を追う八回に上田が再び同点の適時二塁打を放っても「空気の方が重かった」。ここで勝ち越せず、その裏に決勝点を失った。

 「リラックスしよう」。試合前に選手が次々に口にしたのは「硬い雰囲気」の裏返しだったと監督の中村隆(34)はいう。不安の種は売り物のはずの打撃だった。8強入りした選抜大会後、チームの調子は急激に下がった。4月には練習メニューや練習試合のサインを選手に任せ、自主性を促したこともある。封印していた犠打の練習も始めた。

 主将の小坂敏輝(3年)は不調にいら立つ選手をまとめきれず、苦悩した。春の県大会中には、「主将を辞めさせて下さい」と涙ながらに訴えたこともあったが、中村に「お前しかいない」と慰留されていた。

 2点を追う九回1死、小坂は代打で登場し、一塁強襲の内野安打で出塁した。意地の一本。だが後続が倒れた。「甲子園に出れば報われると思っていたが、自分の努力が足りなかった」

 「全国制覇」の夢は初戦でついえた。試合後、小坂をはじめ選手たちは、三塁側ベンチにひざまずいて号泣した。的場拓真(3年)は「ボクらはみんなが寝てる間も、どこにも負けない努力をしていたから。それだけの自信も思いもあったから」。魂をえぐるような慟哭(どうこく)はしばらくやむことがなかった。

=敬称略(塩谷耕吾)