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 野球をしていてもいいのだろうか――。17日に開幕した広島大会の1回戦。自問自答をやめて、広陵のエース森悠祐(ゆうすけ)(3年)が開幕のマウンドに走った。

 西日本豪雨の最大の被災地となった広島。開幕は当初の7日から、10日遅れた。その間、昨夏の全国準優勝校も、動揺の中にいた。寮には県内の被災状況が記された新聞記事が次々と張り出され、「野球しとる場合じゃないじゃろ」と語る仲間もいた。全部員が寮生で大きな被害は及ばなかったが、森悠の心は落ち着かなかった。

 2チームだけの開会式。優勝旗返還を見届けても、まだ心の隅にはモヤモヤが残っていた。前を向かせてくれたのは、安芸南の主将田代統惟(とうい)(3年)の選手宣誓だった。

 「私の地元は(広島市安芸区)矢野です。7日の朝、私が見た景色、矢野が矢野でなくなったように感じました」

 胸が痛んだ。広陵にも矢野地区に自宅がある部員がいたからだ。

 「しかし、私たち一人ひとりにとって、選手権大会は、一回きりのかけがえのないものです。どんな状況も克服し、それを乗り越えて挑戦します。それが野球だから」

 胸が震えた。次の言葉にも。

 「今回は、私たちの成長、私たちの闘う姿を見てもらう大会です」

 森悠にも、ぴたりと当てはまった。昨夏の甲子園。新チームの柱と期待され、マウンドも経験した。しかし、今春の県大会の背番号は11。その後も伸び悩み、中井哲之監督から、「18番、つけとけ」と突き放されたこともあった。

 悔しくて、他のどの投手よりも練習した。夏前の追い込み練習、バテていくライバルをよそに、森悠は調子を上げた。秋から手放していた背番号1に返り咲いた。

 「被災された方々に勇気と力を与えられるように全力でプレーします」

 その通りだと思った。一回、吹っ切れたように腕を振った。9球で三者三振。圧倒的な投球で、広陵の夏は幕を開けた。森悠は2回を投げ、直球の最速は149キロをマーク。1人の走者も許さなかった。

 千代田に21―0(五回コールド)で勝った後、あの選手宣誓に力をもらっていたことに気づいた。「ええ言葉でした。優勝して、(被災した方に)少しでも笑顔になってもらえるようにしたい」。心の底から、そう言えた。=三次きんさい(小俣勇貴

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