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 (17日、高校野球石川大会、鵬学園10―0輪島)

 痛み止めを飲んで上がった先発マウンド、輪島の左腕小力雄太(3年)がピリッとしない。二回1死二塁、変化球が抜けて四球を出した。「直球勝負しかない」。そこから連打を浴び、早々に左翼に退いた。

 輪島生まれの輪島育ち。小6の夏、家の裏に行くと、そこにマウンドがあった。祖父・修さん(70)が市内で調達した約2トンの砂と土を混ぜ、約1週間かけて作ってくれた。「びっくりです。そこでずっと投球練習をしました」

 東陽中では能登選抜にも選ばれ、この日、対戦した鵬学園からも誘いが来た。だが「輪島から初の甲子園に行く」。輪島の砂が育んだ左腕は、地元に残った。

 今春まで背番号「1」。5月に疲労性の左ヒジ痛に襲われ、通院治療をしながら調整を続けた。「1」は後輩に譲ったが、この試合の前日に先発を告げられると「ワクワク」と夜を過ごした。たどり着いたマウンドに喜びはあったが、投球内容、結果に納得はいくはずもない。試合後は悔し涙に暮れた。

 ただ、この2年半を振り返れば「地域の人がいつも『がんばってね』と応援してくれた。ここで野球ができてよかった」。思い出すのは、この土地の優しさだった。=石川県立(塩谷耕吾)

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