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 第159回芥川賞は、高橋弘希さん(38)の「送り火」に決まり、156人目の芥川賞作家が誕生した。受賞を「うれしいっちゃうれしい」と表現して、話題になった高橋さん。候補作となった北条裕子さんの「美しい顔」は、別のノンフィクションと類似した表現があると議論を呼んだ。

 人生を変えるほど影響力のある賞に候補作を送り出した作家は、どんな思いで選考の結果を待っているのか。今回、「しき」が初めての候補作になった町屋良平さん(34)の「一番長い日」を追った。

 選考結果が伝えられたのは18日午後7時。町屋さんの携帯電話に、文芸春秋の担当編集者から連絡があった。結果は「受賞ならず」。「今回は残念でしたが、好感触だったという話もありました。また頑張りましょう」と伝えられたという。

 芥川賞や直木賞の候補作家は、候補作を担当した編集者らと選考結果が届くまで過ごす「待ち会」をすることが多い。飲食店などで食事をしながら待つのが一般的だが、2014年に直木賞を受賞した黒川博行さんは麻雀をしながら待っていた。2017年に直木賞候補になった冲方丁さんが、読者も参加できるイベント形式の「公開待ち会」を開いたこともある。今回町屋さんは、候補作を掲載した雑誌「文芸」を刊行する、東京・渋谷の河出書房新社の会議室で連絡を待った。

 受賞を逃したとの連絡に「またぜひ宜しくお願い致します」と丁寧に応えて電話を切ると、席をともにした編集者たちに「ありがとうございました」と声をかけた。

 「待ち会」を終え、町屋さんは「待っている間はやっぱり緊張しました。いまはさっぱりした気持ちですが、一人になると分からないです」と笑顔を浮かべた。

いつもより早起き「ナーバスになっているのかも」

 町屋さんは、新しい青春小説を描く作家として知られる。ボクサーを描いた「青が破れる」が文芸賞を受賞し、2016年にデビュー。みずみずしいだけではない青春の友情や努力を描いてきた。

 町屋さんは高校卒業後、浪人生活が嫌になってファミレスで働き始めた。21歳で別の仕事の正社員になり、いまは「苦手」という営業の仕事をしながら作品を執筆している。「小さいころから社会に適応できないんじゃないかという不安があって。苦手なことをやった方がいいと思って選びました。でもやっぱり苦手です」と笑う。

 夕方まで働き、帰宅後は食事をとらずに本を読んだり、原稿を書いたりするのが習慣になっている。選考会の前夜も、お風呂に入りながら小説を読んだり、スマホで小説を書いたりした。「血行がよくなるので、いいんですよ」

 ただ、思えば前日夜から「緊張しているような感じがあった」という。随筆を仕上げて編集者に送ってから寝たものの、いつもより早い午前7時には目が覚めてしまった。「ナーバスになっているのかも」と気がついた。

取材「気が紛れるので…」

 この日は半日休を取り、午後2時には仕事を終えて河出書房新社に向かった。町屋さんは選考会の始まる午後5時まで、1時間半ほど取材に応じてくれた。「この時間から待つことになっていたので、(取材で)気が紛れて良かったです」と笑った。

 リュックには、大森静佳さんの歌集「カミーユ」と、山城むつみさんの批評「小林秀雄とその戦争の時」の2冊を持ってきた。「待ち会のときは編集者の方たちといるので読む時間がないかもしれないですが、一人で帰るときに読もうと。この歌集、すごく良いんですよ、とても濃密で。山城さんも好きで読んでいます」

 取材で尋ねたのは作品のこと。候補作「しき」は、16歳の少年少女たちのたどたどしい恋愛や、ネットの「踊ってみた」動画に触発されてダンスに取り組む姿を描いている。青春小説の書き手としてのイメージが強いが、「青春小説を書こう」と思って書いたのは、今作が初めてだったという。

 そのなかで、言葉と身体の関係をつきつめていく。例えば、ダンスの練習をする高校生は「ことばを精密に思考して、からだを分解して、練習にこまかい発明を施していかないと、上達しないのかもしれない」と考える。言語と身体の結びつきを描写しながら、言葉の未熟な青春期の葛藤を繊細に表現していった。あらかじめ用意した言葉ではなく、書くという動き、流れのなかで生まれる言葉を大切にしたという。

 実際にボクシングやコンテンポラリーダンスを習っている町屋さんは「スポーツをしていると、言われた言葉にピンときて動けるようになることがあります。それは小説を書きながら言葉がひらめくのと、近い感覚なのかもしれません」と話した。

「候補作にしてもいいですか」

 そして、「しき」は芥川賞候補作になった。賞を主催する日本文学振興会からスマホに電話があったのは、6月。「候補作にしてもいいですか」と電話口で問われ、驚きや喜びが入り交じったような感情がわいてきたという。すぐに河出書房新社の担当編集者に「ご存じかも知れませんが」と伝えると、「えっ、やった!」と大喜びしてもらえた。それからは「まぼろしのように、自分のことではないような感じ」が続いた。プライベートで候補作になったのを伝えたのは母親だけ。それでも会社の同僚はニュースで知り、声をかけてくれたという。町屋さんもふとした時に「そうか芥川賞か」と頭をよぎることもあったものの、なるべく考えないようにしていた。

受賞ならず「コツコツと」

 選考会が始まる午後5時が迫る。選考結果が出るまでは、取材は受けずに編集者と静かに待つことになっていた。「今頃、選考委員が集まってきているところですね」と声をかけると、「そう言われると想像力が働いて、緊張してきました」と笑顔を浮かべ、別室に移動した。部屋には編集者だけでなく、芥川賞作家の青山七恵さんや羽田圭介さんが立ち寄った。差し入れのお菓子やジュースを口にしながら、テレビで大相撲中継を見て選考結果の連絡を待った。

 結果は受賞とはならなかったが、羽田さんは「良い待ち会だった」と言う。作品が4回芥川賞候補になった羽田さんは、何度も「待ち会」を経験した。受賞の時はカラオケボックスにいたことが話題になった。「落ちた時に、急にかしこまって『ご苦労様でした』と言われて、『これから懲役に行くんじゃないか』というような雰囲気になるときがあって、それはつらい。(電話の前と後で)みんなフラットなのが良かった」

 否が応でも周囲に注目され、作家が受賞を意識させられる賞であるのは間違いない。町屋さんは「あんまり賞は考えないようにしたい。コツコツ書いていきたい」と控えめに語った。(高津祐典)