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 1980年代まで、時代の感性を先取りする芸術映画を世に送り出したATG(日本アート・シアター・ギルド)作品の特集上映「ATG大全集」が、21日から大阪・九条のシネ・ヌーヴォで始まる。日本映画の前衛を担ったATGの果たした意義について、映画監督で大阪芸大教授の大森一樹さん(66)に聞いた。

 ATGは、東宝などの出資で1961年に発足。最初は「尼僧ヨアンナ」を皮切りに、ハイセンスな外国映画を配給していた。やがて低予算の映画製作に乗り出し、松竹ヌーベルバーグの三羽ガラスだった大島渚、篠田正浩、吉田喜重、ドキュメンタリーから転進した黒木和雄、TBSの演出家を辞めた実相寺(じっそうじ)昭雄らが、個性と実験精神に満ちあふれた作品を発表した。

 「僕らが高校生の時分、ATG映画は難解で、背伸びして見てました。実相寺さんの作品なんて観念の塊のようだった。70年代までのATGは、邦画の斜陽化とともに大手の会社では撮れなくなった、次世代の巨匠たちの受け皿になっていました。役者のスターは、ひとりも出てこない。『作家』である監督が、あくまでも映画の主役だったんです」

 ATG映画は、80年代から新進気鋭の監督を起用するようになる。自主映画出身の大森さんも、80年に医大生の青春群像劇の「ヒポクラテスたち」、翌年に村上春樹原作の「風の歌を聴け」を撮っている。「ヒポクラテスたち」は、キネマ旬報ベストテンで、鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」、黒澤明の「影武者」に次ぐ邦画3位だった。

 「そのころから、ATGが新人の登竜門になると同時に、角川映画がヒットを連発して台頭してきたので、ATGで当たったら、次は角川で撮るという成功パターンができた。往年のファンは、もはやATG映画ではないと、苦々しく思っていたでしょうね」

 「ATG大全集」は9月14日まで、大島渚「絞死刑」、吉田喜重「エロス+虐殺」、篠田正浩「卑弥呼」など43本を一挙上映する。問い合わせはシネ・ヌーヴォ(電話06・6582・1416)まで。(保科龍朗)