[PR]

 独裁者と呼ばれたムガベ前大統領(94)が軍による事実上のクーデターで辞任に追い込まれたジンバブエ。経済の回復を願う国民の声は届くのか。30日、「ムガベ後」初の大統領・議会議員選挙が実施される。(ハラレ=石原孝

インフレ率2億3000万%

 首都ハラレで貧困層が多く住むンバレ地区。壁や電灯には選挙候補者のポスター。与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU―PF)の支持者が「経済を回復させる」「国外から投資を呼び込む」と投票を呼びかけて行った。

 彼らが通り過ぎるのを見計らって若者2人がささやいた。「ずっと無職だ。何でもいいから仕事をくれ」

 1980年代は「アフリカの穀物庫」と呼ばれる豊かな農業国だった。だがムガベ政権は退役軍人に手厚い年金を支給したり、コンゴ内戦に大軍を派遣したりして、財政を悪化させた。

 2000年代には白人の土地を強制収用。経験の乏しい黒人らに分配したため農地が荒廃した。

 関係が悪化した欧米から経済制裁を科され、激しいインフレに。08年には一時、2億3千万%を超えた。高額紙幣が乱発された自国通貨に代わり米ドルを使うようになった。失業率は最高で90%になり、数百万人が隣国などに逃れた。

 国民の窮状をよそに、ムガベ氏周辺で不正蓄財がささやかれ、ムガベ氏の妻が高級ブランド品を買いあさっていると批判を浴びた。

ムガベ氏辞任喜んだが……

 外貨残高は輸入2週間半分ほどしかない。銀行での引き出しは1日数十ドルに制限されて出回る現金が少なく、携帯電話のモバイルマネーが普及している。

 納税を逃れるため露天商で日銭を稼ぐ人が多い。国際通貨基金によるとこうした把握されていない部門は経済全体の6割とみられ、世界有数の高さだ。ジャガイモから靴、本、傘まで様々な商品を売っている。

 そんな一人、アントネット・チャレンバさん(32)は毎朝6時に起き、2キロ先の市場で野菜や果物を買いつけ、夜8時ごろまで客に売る。1日の稼ぎは数ドルほど。トラック運転手だった夫は失業、隣のザンビアへ職探しに出たきり。3人の子は親元に預けている。

 ムガベ氏が大統領を辞任した時は戸外に飛び出し、近所の住民らと深夜までバケツをたたいて喜び合った。だが半年以上たっても変化の兆しはない。「次の選挙は若い人に国の未来を託したい。失業問題を改善して欲しい」

事実上の一騎打ち

 ムガベ氏は昨年11月、自身の後継争いから権力の座を追われた。後任は直前にムガベ氏によって副大統領職を解任されたムナンガグワ氏だ。

 大統領選は事実上、ムナンガグワ氏と最大野党、民主変革運動(MDC)議長のチャミサ氏の一騎打ち。調査機関アフロバロメーターが7月上旬に実施した世論調査では、支持率はムナンガグワ氏が3ポイント上回るが、差は縮まった。

 そこにはムガベ氏の影がちらつく。

 今年3月、ムガベ氏は辞任後初めて地元メディアなどの取材に応じ、「ムナンガグワ氏に裏切られた」と批判。今月には、長年の政敵だったMDCに「2400万ドルと選挙用の車の提供を申し出た」と報じられた。チャミサ氏は「ムガベ氏は野党に投票するだろう」と期待している。

 欧米から独裁者と批判されるムガベ氏だが、約10年に及ぶ投獄に屈せず、ジンバブエを白人支配から独立へ導いた。初等教育の普及で識字率を90%に向上させた。国民の人気は根強い。

ムガベ氏、影響力いまなお

 アフロバロメーターの調査では「ムガベ氏を信用する」と答えた人は「多少」「とても」を合わせて33%。地方では39%に達し、ムナンガグワ氏の50%、チャミサ氏の40%との差はさほどではない。

 ムガベ氏の故郷クタマに住む主婦キリアナ・ニエレさん(50)は「彼はこの村の誇り。アパルトヘイトと闘った南アフリカのマンデラ氏と同じ英雄」と話す。「大統領を長くやりすぎただけで、国の英雄であることは変わらない」と言う野党支持者もいる。

 ムガベ氏はハラレと40キロ離れたクタマを行き来している。健康診断でシンガポールに行くこともあり、政府からある程度の自由を保障されているようだ。40年来の知人、フィデリス・ムコノリ司祭は「大統領時代と変わらず、毎日のようにスーツとネクタイ。運動も欠かさず、まだまだ元気だ」と語る。

 ムガベ氏を支持していたZANU―PFの議員が政変後に職を追われ、MDCを支援する例がある一方、MDCも路線対立で分裂し、選挙は複雑な構図になっている。

「潜在力秘めた国」

 ムナンガグワ氏は大統領就任後、欧米諸国との関係改善に取り組んだ。「自由で公正な選挙を実施する」として選挙監視団の受け入れも表明している。

 ジンバブエは世界3位のプラチナ埋蔵量を誇り、金やダイヤモンドも豊富だ。欧州の企業や政府の視察が相次いでいる。

 ジンバブエで医療機器を販売する富士フイルムの羽田武雄・南アフリカ現地法人社長は「教育水準が高く、アフリカでも潜在的な力を秘めている国だ」と評価する。日本貿易振興機構ヨハネスブルク事務所の根本裕之所長は「公平で透明な選挙が実施され、欧米や国際機関からの融資が受けられるようになれば、日本企業にも機会が生まれてくるだろう」とみる。