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(20日、プロ野球 広島10―9巨人)

 巨人の原辰徳と、大リーグ・オリオールズのデーブ・トレンブリー。在籍した日米2球団で、上原はこの監督2人と出会わなければ、日米通算「100勝、100セーブ、100ホールド」の記録は生まれなかったかもしれない。

 「今も先発をやりたい」

 巨人復帰が決まった今年3月、上原は冗談めかして言っていた。ただ、こうも続けた。「でも、体と相談したら無理」。度重なるケガを乗り越え、今がある。

 最初の転機は、2007年。両太ももの裏側を痛め、出遅れた。球団も4年連続で優勝を逃していた。自身もチームも正念場の中、キャンプでは原監督から「今年が勝負の年なんだぞ」と言われた。

 抑えに指名され、5月にプロ初セーブをマーク。計32個を積み上げ、チームも優勝。誇りを取り戻した。

 それでも上原は、先発にこだわり続ける。2度目の転機は、海を渡って2年目。右ひじ痛からの復活を期す10年だ。

 「先発では使わない」とトレンブリー監督から告げられた。断ればマイナー落ち。だから中継ぎを受け入れた。結果を残すことで少しずつ地位も上がった。クローザー(抑え)まで上り詰めた13年、大リーグ3球団目の所属先となったレッドソックスのワールドシリーズ制覇に貢献した。

 この日は、同点の七回を無失点。八回の攻撃で勝ち越しとはならず、ホールドが記録された。日本選手初の勲章を手にし「先発は先発のプライド、後ろは後ろのプライドがある」と上原。両方で実績を残した人にしか、語れない言葉だ。(井上翔太)

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