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 セクハラや性被害を許さない「#MeToo(私も)」のムーブメント。社会の認識が変わり始めていますが、光が当たりにくい被害もあります。アダルトビデオ(AV)への出演強要問題。性的な映像が残るため、被害者が訴えづらい面があります。現状を探り、問題の本質を考えます。

AV強要 性暴力の本質 作家・北原みのりさん 被害者に聞く

 どのようにして出演を強いられるのか。どんな問題が潜んでいるのか。ジェンダー関連の著書も多い作家の北原みのりさんが6月下旬、AV出演強要の被害にあった女性に会い、話を聞きました。

 北原さんはセックスグッズショップを手がけ、以前は女性向けAVも販売していました。でも、出演強要の被害を知ってからは、加害に加担することになると考え、一切取り扱っていません。冒頭、そうした自身の問題意識を女性に伝えました。

 女性は19歳だった数年前、街中で「悩みない?」とスカウトに声をかけられました。将来への漠然とした不安を抱えていた時期。「大人が真摯(しんし)に対応してくれることが珍しくて、信頼できると思ってしまった」

 「パーツモデルなど色んな仕事がある」「仕事は選べる」。うそを並べるスカウトは「怪しい会社じゃないから大丈夫」とも言いました。次に会った時、連れて行かれた事務所には「年上のきれいな女性」の姿も。読み切れないほどの文字が書かれた契約書にサインをせかされたといいます。

 時に目をつぶって記憶をたぐり寄せる女性に、北原さんがため息を漏らします。「すごい仕掛けがいっぱいあるね」

 後日、指定された場所に行くと、メイクを施され、撮影に。そして突然、こう言われました。「じゃあ脱いで」。この時初めて、AVの撮影と気がついたそうです。

 話が違う。そう思いましたが、部屋の中には複数の関係者。荷物も手元になく、この状況で外に出て行ったら……。「逃げられる状態じゃないと思ってしまった」。もう普通の世界に戻れないかもしれないという諦めが頭をよぎり、「ただただ、このまま早く終わればいいのにという気持ちだった」と声を震わせました。

 AV業界の人たちからは「絶対顔バレしない」と言われたり、時に撮影に関して「それはひどいね」と心配されたり。女性は「私を守ってくれていると錯覚させられていた」「洗脳されていた」と振り返ります。「『自分が出たくて出たんでしょ』って流れで、そう思わされるようなことも言われた」。スカウトから出演を強要され、やめるまで、数週間のことでした。

 「ずっと自分を責め続け、自分の好きだったものも、考えも、過去も、全部否定していたんです」。女性はこれまでの写真を全部捨てたことも打ち明けました。「赤ちゃんのころからの写真をビリビリに破り、友達の写真も全部捨てた。自分の選択を信じられなくなっちゃって……」

 その後、知人に出演が知られたことをきっかけに警察に相談。当時はまだ被害実態が広く知られておらず事件化は無理とされてしまいましたが、支援団体につながりました。同じような被害者がいることを知り、初めて、自分がある「社会」に巻き込まれた被害者だと自覚しました。

 「それは、どんな社会だと思います?」。北原さんがそう尋ねると、「女性がモノとして扱われている。傷つくとわかっているのに、見過ごされている社会なんだなって」。

 この言葉に北原さんは「私が罰したいくらい」と憤りをあらわにしました。「自分が『ノー』って言ったことが通じないのは暴力。色んな言葉で抜け出せないようにして、被害を訴えると『自己責任』を持ち出す。そんな構造自体が、女性に向けられる暴力だと思う。女性の性が軽視されてきたんだなって感じます。『#MeToo』の流れで声を大きくしていくことが大事」。女性も「ほかの被害者の痛みがわかる。大丈夫だよ、私は味方だよって言いたい」と答えました。

 女性は「想像以上に話を聞いてもらえた」と北原さんに謝意を伝えました。「話してくれてありがとう」と涙を流した北原さんは最後にこう語りました。

 「AV出演強要は性暴力の本質。その背景には、性差別や希薄な人権意識という日本社会の問題があります。これだけ男性の性に寛容な社会が何をもたらしてきたのか。性の暴力表現をこれ以上深めることに何の意味があるのか。社会が立ち止まって考えるべき時です」

端緒のスカウト対策 難題

 AV出演強要の問題が広く知られたのは2016年春、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが被害実態の報告書を発表してからです。

 国会でも問題は取り上げられ、政府は17年3月、関係省庁の局長級の対策会議を設置。毎年4月を被害防止月間と決め、各種イベントで問題を周知。各都道府県警に専門の相談窓口もつくりました。

 「政府は迅速に動いてくれた」と対応強化を働きかけた佐々木さやか参院議員(公明)は評価します。しかし、「公的な窓口にまだまだ相談に来てもらえないなど、課題はあります」。新たな窓口への相談は昨年、100件に届きませんでした。

 販売されている被害者出演AVの流通を止める手段が乏しいなどの法的な課題も、佐々木氏は指摘しました。

 取り締まり強化を始めた警察にも悩みがあります。出演強要が絡む事件で適用されるのは、労働者派遣法と職業安定法が大半。撮影する性的な行為が「有害業務」だとの論理立てです。しかし、AVではプロダクションが所属俳優に契約書すら渡していないなど、被害者を「労働者」と立証するのが難しく、罪の成立を妨げているケースもあります。

 そんな中、警視庁は1月、出演経験のない女性に出演を勧誘して性交させたとして、メーカー社長ら2人を刑法の淫行勧誘容疑で逮捕。AV出演へのこの容疑の適用は初めてで、支援者らは「撮影で被害者に性交させた時点で摘発できる道がひらけた」と期待を寄せました。しかし、2人は不起訴処分になりました。捜査関係者によると、被害者が裁判で思い出したくないことまで根掘り葉掘り聞かれる可能性を恐れ、捜査協力をためらうケースも少なくないそうです。不起訴にはこうした背景もありそうです。

 一方、社会的な注目を背景に、業界自身の対策も始まりました。大学教授や法律家らによる理事会のもと、業者が改善に取り組む枠組み、AV人権倫理機構です。昨年10月に発足し、4月には会員企業に「共通契約書」の使用を義務化。俳優は常に撮影を拒否できるほか、賠償責任もないと明記しました。桐蔭横浜大学教授(法社会学)の河合幹雄理事は「完全な自由意思でしか出演はあり得ない形にした」と語ります。

 ただ、出演強要の端緒となることが多いスカウトは対策の枠外です。弁護士の山口貴士理事は「法人でなく、実名かどうかも分からないスカウトは、把握のしようがない。100%の対策は難しい」と話します。

「有名になれる」と勧誘

 AV出演に関連して、警察もスカウトの摘発に乗り出しました。警視庁が2月に逮捕したスカウトの男2人には6月、職業安定法違反の罪でそれぞれ懲役1年6カ月執行猶予3年の有罪判決が言い渡されました。

 判決は、スカウトらが当時未成年だった被害者を「AVをやらずにモデルになる方法はない」「仕事をしないなら見捨てる」などと追い詰めて出演させた行為について「人格を尊重しないもので、強く非難されるべきである」と断じました。

 公判では出演料の流れも明らかになりました。この事件でAV制作会社からプロダクションへ支払われた出演料は約65万円。そのうち被害者の手に渡ったのはわずか2割の約13万円で、残りはプロダクションとスカウトで折半していました。判決は「搾取の程度は著しい」と指摘しました。

 スカウトの実態とはどのようなものなのか。数年前までスカウト会社に所属していた男性によると、給料は完全歩合制で、声をかけた女性がAV事務所に所属し、出演する度に報酬がもらえる仕組みがほとんどだそうです。出演作品の種類によって2万~数十万円が入ってきたといいます。

 声をかける時は「AV」ではなく、「芸能事務所のスカウト」として勧誘。所属したスカウト会社が「ダミーの芸能事務所」を設けていたといい「事務所の名刺で女性を信用させ、『女優になれる』『有名になれる』と夢を見させるだけ見させた」。「感情があるとできない仕事だった」と振り返りつつ、「スカウトがいないとAV業界は回らない」とも語りました。

被害者応援する社会に 伊藤和子・弁護士/ヒューマンライツ・ナウ事務局長

 意に反する性行為を強要されて撮影され、拒絶すれば巨額の違約金を要求され、映像は半永久的に世に出回る。AV出演強要は最悪の形態の性的搾取です。知ったとき、想像を絶する事態にただ、驚くしかありませんでした。

 最初に関わったのは2013年、弁護士としてです。「タレントに」とだまされてAV出演した女性の契約を解除する仕事でした。

 弁護士としては途中解除は当然可能だと考え、成果が得られた事例でしたが、支援団体の方々は前例のない成果にとても喜ばれた。若くて法的なサポートのない被害者が圧倒的に力のある業者に対し、太刀打ちできない現象が、よく分かりました。

 個別案件の解決では限界があると感じ、NGOとして実態調査して2016年春に調査報告書を発表しました。それを機に報道も盛んになり、社会問題として認識されました。政府が深刻な人権侵害と認知し省庁横断で対策を開始したことは、大きな一歩です。業界も対応し始めました。

 すべては、被害者の方が勇気を出して「私も被害に遭った」と被害の告発をしてくれたおかげです。当事者の声が社会を動かしたという意味で、「#MeToo」の先駆けと言える状況ではないでしょうか。

 とはいえ、課題は山積しています。例えば監督官庁を設け、業者の行動を監督することも考えるべきです。被害者が捜査や裁判で被害を説明する際の精神的負担を減らしつつ、犯罪として立件できる法整備も必要です。

 さらなる対策のためにも、被害者の声は重要です。ただ、#MeToo発祥の米ハリウッドですら、大物俳優が被害の声を上げるまでに年月が必要でした。権力を握る者などの支配の下で振るわれる性暴力の場合、被害者は声を上げづらい状況におかれるのです。日本では、性暴力、セクハラ被害を訴えた人に対し、「被害者も問題」といった被害者バッシングがよく起こります。被害者に新たな苦痛を強い、沈黙させる行為の結果、被害者が一層声を上げにくい状況を生み出しているのです。

 そんな状況をなくすため、政治家ら公的なリーダーシップを持つ人たちにはモラルを語ってもらいたい。一般の人たちもSNSで流れてきた被害者バッシングを傍観せず、被害者に少しでも優しい言葉が届くよう発信して欲しい。声を上げた被害者を孤立させずに社会が応援し、声を上げやすい社会に変えていくこと。それが、とても大事なことだと思います。

     ◇

 私にとって自分が女か男かは大した問題ではなく、性別で差別された覚えもありません。けれど、AV出演強要の問題には強い関心を持ってきました。これが「女性」「男性」の問題ではなく人権問題だからです。巧妙なだましや脅しの手口、搾取の構造。対応しきれない法制度にも問題があると言わざるを得ません。米国では性被害撲滅に向けて「#MeToo」に続く「Time’s Up(もう終わりだ)」という運動が広がりました。搾取が黙認される時代はもうおしまい! そう声を上げていきたいと思います。(荒ちひろ)

◆ほかに長野剛、高野真吾が担当しました。

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