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 カンボジアの下院選(総選挙)の投開票が、29日に迫った。最大野党が解党され、与党が圧倒的に有利な状況の下での選挙には、国際社会から厳しい目が注がれる。その中で、最大野党を支持してきた4割を超える民意は、どこに向かおうとしているのか。(プノンペン=鈴木暁子、貝瀬秋彦)

 「腐敗した政権を打ち負かそう!」。10日、首都プノンペンの目抜き通りを、新興政党・草の根民主党(GDP)の支持者らが党旗を掲げて練り歩いた。

 子どもの教育の改善や農家、高齢者、労働者への支援を掲げる。候補者や党幹部をすべて選挙で選ぶ「党内民主主義」も看板の一つだ。33年間首相の座にあるフン・セン氏が率いる与党・人民党の体質とは一線を画そうとの狙いがある。

 2015年にできたばかりで、メンバーはNGO出身者や農民、労働者ら。総選挙に挑むのは今回が初めてだ。創設者の一人で、アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞を受賞した農業専門家、ヤン・セン・コマ氏(52)は「最大野党は解党されたが、私たちが選択肢になる」と語る。

新興野党、与党の「操り人形」も

 昨年11月、最高裁が最大野党・救国党の解党を命じた。政権転覆を謀ったとの理由からだが、13年の総選挙と昨年の地方選で4割を超す票を得た救国党をフン・セン政権が恐れたためとの見方がもっぱらだ。

 今回の選挙には20の政党が参加するが、大半が「複数政党が競う正当な選挙」を演出するための与党の操り人形とみられている。欧米は正当性を認めず、選挙支援から手を引いた。

 それでもコマ氏は、選挙に挑む意義をこう強調する。「救国党が取った300万の票は救国党のものではなく、私たち一人ひとりのものだ。新たな希望が必要だ。フン・セン政権に挑戦し、今の政治文化を変えていきたい」。別の幹部は「人民党の自由にさせないためにも、議席を得て発言していくことに意味はある」と話した。

 GDPはプノンペンと24の全州に候補を擁立。コマ氏によると、支援者は約1万人で、訴えに共鳴する救国党の元支持者らも徐々に集まり始めた。街頭活動に参加した南部カンポット州の男性(48)は「今回は負けても、5年後の総選挙で変化を起こせるかもしれない」と期待をかける。

旧最大野党、投票拒否呼びかけ

 だが、救国党側の方針は異なる。元党首のサム・レンシー氏は、救国党不在の選挙は「フェイク(偽)だ」として、投票ボイコットを呼びかけている。与党が勝っても「政権に正当性はない」とし、国際社会に制裁を、国民には平和的な抵抗を呼びかけてもいる。

 人権問題に取り組み、長年にわたり救国党を支援してきた40代の女性は「GDPの動きに怒りを感じる」と話す。選挙の正当性をアピールしたい与党の戦略に加担していると感じるからだ。「投票率が低ければ現政権を支持しないとの意見表明になるのに」

 30代の男性も投票しないと決めている。「元党首が呼びかけているからではなく、私の意思。民主的でない選挙に投票すれば、私も不正義に加担することになる」。10代から政治に関わり、賄賂が横行する社会の仕組みを変えたいと夢見てきた。救国党の解体で体の一部が切り取られたような痛みを感じたという。

 今回の選挙は、ボクシングで一方の選手が両手を縛られ、口もふさがれたまま戦わされているようなものだと表現する。「別の政党に投票してもきっと、また同じことが起きる」

 ただ、無力感も広がる。プノンペンの20代の女性は、救国党が解党されてもデモが起きない現状を見て「みんな怖いし、やっても意味がないと思っている」と感じたという。20代の男性は「投票? 行きません」と投げやりだった。

 野党支持層は対応が割れたまま、投票日を迎える。

 「正当な政府を転覆しようとする野党や陰で糸を引く外国人らの試みは、厳格な法的措置によって阻止された」。フン・セン氏は7日、選挙戦開始にあたっての演説でこう述べ、救国党の解党を正当化した。

 演説ではまた、人民党こそが、虐殺や強制労働で170万人以上とも言われる自国民を死亡させたポル・ポト政権を倒して国を救い、自由や民主主義を取り戻したと主張。近年の年7%前後の経済成長を自賛し、「人民党の指導の下でカンボジアは正しい方向に進んできた」と強調した。

 会場にいた小売業の女性(50)は、ポル・ポト政権下で家族を殺された。「人民党のすべてがいいというわけではないけれど、国に平和と安定をもたらしたのは確かだと思う」

焦点は投票率、「強制」の指摘も

 今回の選挙への国際社会の視線は厳しいが、人民党に譲歩の気配はない。ソク・エイサン広報官は「救国党は、違法行為をしたから解党された。民主主義が失われたわけではない。現に選挙には20政党が参加する」と主張。大半が人民党の手先との見方には「救国党が誤った意見を流布している」と反論した。

 直近の選挙で救国党を支持した4割超の民意も切って捨てた。「政権交代を狙う国際社会の後押しによるもので、自発的ではない。国民に誤解があった」

 ただ、人民党は救国党のボイコット戦術を警戒しているとされる。投票率が低ければ、正当性に疑問を投げかける声が強まる。政権側はボイコットの呼びかけを「違法だ」と牽制(けんせい)。全国に張り巡らせた行政と人民党の組織を使い、半ば強制的に投票させようとしているとの指摘もある。

 王立アカデミー国際関係研究所のキン・ピア所長は「野党勢力の分裂で、人民党は9割近い議席を取るだろう。ただ、国際社会が結果を支持してくれるか。政権にとっては投票率が重要になる」と指摘する。

最近のカンボジア政治の動き

2012年7月 サム・レンシー党と人権党が統合して救国党に

2013年7月 総選挙があり、得票率で人民党の48.83%に対し、救国党が44.46%に迫る

2017年6月 地域行政区(コミューン)選挙。得票率は人民党50.76%、救国党43.83%

     9月 救国党のケム・ソカ代表「政府転覆を謀った」として逮捕

        英字紙カンボジア・デイリー廃刊

     11月 最高裁が、「政府転覆計画に関与した」とのフン・セン首相の訴えを認め、救国党の解党と118人の党員の5年間の政治活動禁止を命令

2018年3月 国連人権理事会で45カ国が救国党の復活と自由で公正な選挙実施を求める声明

     7月 総選挙に計20政党が参加