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 木曽川の下流には「ワンド」と呼ばれる水辺があります。明治期の土木遺産が生んだ自然の宝庫で、地元では保存活用しようとする動きが始まっています。現地調査に同行してみました。

まるで「マングローブ」

 やぶを抜けると、うっそうと木々が生い茂る湿地に出た。曲がりくねった幹に、地表に露出した根。マングローブのように見えるのは、ヤナギやエノキ、ニセアカシアの木だ。潮の干満で海水と淡水が混ざる「汽水域」に生えている。

 愛知県愛西市の木曽川右岸、河口から約19キロ地点。6、7月に「あいさいボランティアガイドの会」が開催した「ワンダー(不思議な)ワンド探検」に同行した。参加者は同会会員のほか、国や市、観光協会の関係者ら約15人。ワンドの調査が目的だ。

 ワンドとは、構造物などによって川の水がよどみ、池のようになった場所。「湾処」とも書く。木曽川の下流には、明治期の河川改修工事で築かれた「ケレップ水制群」によって、数多くのワンドが存在する。

 「ここにもいる!」。あちこちで声が上がった。砂地の穴からベンケイガニやアカテガニが顔をのぞかせ、物陰へと走っていく。樹林を抜けると干潟が広がっていた。そばにはケレップ水制の石積みが明治の頃からの変わらぬ姿を見せている。水中ではヨシノボリ(ハゼの仲間)が動き回っている。同会副会長の若山聡さん(60)が「平凡な生物がたくさんいるんだよ」と教えてくれた。

「幻の堤防」現る

 探検会は、5~7月の日中で潮位が大きく下がる日に開かれる。潮が引くにつれ、川の底から杭と石積みの構造物が姿を現してきた。木曽川の流れを変えた明治期の工事の際に水没した古い堤防跡だ。「幻の堤防」と呼ばれ、歩いて渡れるのは限られた日しかない。若山さんは「この姿は今この時しか見ることができない。一期一会です」と魅力を語る。

 同会が探検会を始めたのは2年前。木曽川や長良川を巡る市観光協会の観光船事業のルートが変わり、このあたりを船が通らなくなったことがきっかけだった。「船で見られないなら足で来られるようにしよう」。現地は国が管理しており、気軽に入ることはできない。若山さんらは、一般の人が環境や歴史を学びに訪れることができるよう調査を続けている。

 将来的にはワンドを巡るエコツアーの開催が目標という。若山さんは「さまざまな分野の専門家に調べてもらい、だれもが『すごいな』と思ってもらえる場所にできれば」と意気込む。

湿地保全・再生へ計画動き出す

 ワンドの湿地環境の悪化も進んでいる。国土交通省木曽川下流河川事務所(三重県桑名市)によると、潮の影響を受けない上流になるほど、ケレップ水制群の石積み周辺に土砂が堆積(たいせき)し、ワンドの陸地化、樹林化が進行しているという。

 ワンドを保全・再生し、周辺の自然や土木遺産など川が持つ様々な資源を地域活性化に生かす計画も動き出している。愛西市、国、地域住民が連携して取り組む「かわまちづくり計画」だ。

 計画期間は2019年度から5年間。ワンドの再生を始め、観光船の船着き場や散策路などを整備し、木曽川と長良川を船が行き来するために設けられた船頭平閘門(せんどうひらこうもん、国重要文化財)やケレップ水制群、ワンドなどの資源を生かした観光船ルートやサイクリングコースの設定、誘客などを行う。

 ワンドの再生は、探検会が調査しているあたりの3カ所で試みる。樹木を伐採し、土砂を取り除いて湿地を取り戻す。効果があれば、ほかのワンドに広げることも検討するという。同事務所の日置龍朗副所長は「野鳥のすみかとして樹林のままにしておくという意見もある。しかし、さまざまな生き物が暮らす『場の多様性』からすれば、湿地環境がふさわしいと考えている」と話す。(中野龍三)

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 〈木曽川のケレップ水制群〉 水制は川の流れを弱めたり、向きを変えたりするために設けられる構造物。ケレップは木材や石で造られたオランダ式の水制で、1887(明治20)年から始まった木曽川、長良川、揖斐川の三川を分離する改修工事の際にオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケらによって導入された。約200メートルおきに堤防から垂直に突き出すように築かれている。後に多くの水制が撤去されたが、現在でも木曽川下流には61基のケレップ水制が残っている。2000年度に土木学会選奨土木遺産に認定された。