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 横浜市営地下鉄の舞岡駅から歩いて20分ほど。裏山からウグイスやホトトギスのさえずりが聞こえる住宅街のそばに、野菜畑が広がる。ここは「都市と農業をつなぐ」をコンセプトに新たな農業ビジネスを手がけるベンチャー企業、アグリメディア(東京)が運営する「シェア畑戸塚舞岡」(横浜市戸塚区)だ。

 同社の「シェア畑」は、都市近郊の遊休農地などを市民農園として貸し出す、畑のレンタルサービス。農具や肥料、苗などがすべて用意され、手ぶらで通える。野菜作りに習熟したアドバイザーもいて、初心者でもちゃんと収穫できる。

 同社は、住友不動産出身の諸藤貴志社長(39)が、九州の農家だった高校の同級生と2011年に創業した。12年に埼玉県川越市で最初のシェア畑を開き、今では首都圏や関西の6都府県の約80カ所に増えた。総面積は18万平方メートル。1区画が3平方メートルからと小さく、利用者は2万人に迫る。

 起業前に郊外の畑で農作業中の人に話を聞くと、多くが農地は借りものだと言った。一方で、土地を持つ農家は高齢化や人手不足で土地が荒れていくことに悩んでいた。「両者をつなぐ仕組みをビジネスに」と考えついたのがシェア畑だ。

 食の安全への意識が高まるなか、都市生活者の農業への関心も高まっていると感じていた。「難しい」「忙しい」といったハードルをのぞけば、自分の手で野菜を作りたい人は多いはずだという確信があった。

 シェア畑戸塚舞岡の利用料は、約6平方メートルのレンタルで月額8149円(税別)。約100区画がすべて埋まり、キャンセル待ちが10人以上いる人気だ。

 川崎市多摩区の「シェア畑川崎多摩」などでアドバイザーをしている松下公勇(きみお)さん(65)は、生命保険会社に定年まで勤めた後、「ゴルフより楽しい」と野菜作りにはまった。利用者の同好会もある。「土いじりを通じて生まれたつながりも楽しみの一つ。技術より、この楽しさを伝えることに心を配っています」

 諸藤さんは、所有する農地を貸してもらおうと飛び込みで300軒の農家を訪ねたが、どこも最初は懐疑的だった。でも、草ぼうぼうの土地が畑に戻り、収穫を喜ぶ人の声が響くとみんな喜んでくれた。

 「畑のイベントに出てきて手料理を振る舞う人もいた。代々受け継いだ農地を自分の代で絶やしたくないと思っていたんですね」

 貸農園の開設には地元自治体と協定を結び、農業委員会の許諾を得る必要がある。手続きは煩雑だが、住友不動産で都心の再開発を手がけて得た都市計画や税制の知識が役に立った。

 アグリメディアは、4年後を見据えている。農業を続けることを条件に、固定資産税の負担を軽くしたり、相続税の支払い猶予を受けられたりする「生産緑地」に指定する制度が始まって30年後の22年に、都市部の農地が大量に宅地化する可能性があるからだ。

 生産緑地は全国に約1万3千ヘクタールあり、東京、大阪、名古屋の3大都市圏に集中する。その8割が指定期限を迎える22年に、所有者の多くが高齢化や税金対策などを理由に一斉に農地を売りに出す可能性があり、シェア畑にはこれを食い止める狙いもある。「長く大切に使われてきた農地をそのまま農業に使えるようにしたい。朝どれ野菜を食べられる豊かな生活は、都市の魅力の一つになるんですから」と諸藤さんは話す。

 相談を持ち込まれる農地はいま月に150件ほど。シェア畑にするのが難しい土地の持ち主には就農者の紹介もする。農家と働き手をつなぐ農業求人サイト「あぐりナビ」を14年に開設。全国4千軒近い取引農家から常時1300件以上の求人情報が掲載され、月1500人以上の会員登録がある。農家の側には「月給10万円では人はこない」と待遇の改善を助言し、就農希望者には甘くない現実を教えるきめ細かいマッチングで好評という。農家を目指す人に実践的ノウハウを伝える農業学校「アグリアカデミア」を開くなど、都市近郊農業を活気づける事業を次々と立ち上げている。(織井優佳)

農業で起業「課題あり過ぎたから」

 アグリメディアの諸藤貴志社長に、起業のきっかけや今後の計画について聞いた。主なやりとりは次の通り。

 ――起業のきっかけは。

 「兄が起業して東証1部上場の企業に育てた姿に自分も、と思いました。『農業で』と思ったのは、産業として課題があり過ぎたから。売価の3割しか収入にならないなど、農家はあまりにもうからず、ビジネスでは当たり前の事業計画がないところも多い。これは変化を起こせるし、自分が必要とされていると思えました。まず、お金のある都市部の消費者から、直接農家にお金を流す仕組みを作ろうと思いました」

 ――社名の由来は。

 「自分も東京・世田谷に住んでいて、都市部で農業への関心が高まっていることはわかっていました。でも、農地はやたらに借りることができない。両者をつなぐ役割をしようと、アグリ『メディア』と名付けました」

 ――農家に信用されるまで苦労したそうですね。

 「最初は会社員時代のスーツと車で回っていました。途中でハッと気づいて小さい車に買い替え、軽装で『なに作ってるんですか』と声を掛けるようにしました。何度も通って、飲みにも行って、少しずつ少しずつ受け入れてもらいました。それでも最初は、貸農園なんて『もうかるわけない』と断られてばかり。埼玉県川越市で最初に開設したシェア畑は、『かわいそうだから』と農家が同情して話に乗ってくれたんです。各自治体の農業委員会でも『(一般的な)市民農園の(賃料の)10倍の値付けで人が来るわけない』と言われました。でも、やりたくてもやれない層がかなりいるとみていたので、やれない理由をすべてなくせば大丈夫と思っていました」

 「利用者がどっと来て、農家に『信用していなかったけど、シェア畑にして土地がちゃんと使われてよかった。ありがとう』と言ってもらえた。農家が気にかけていたのは、収益だけじゃなかったんです。実績を重ねたおかげで、最初は苦労した許認可の手続きも今では楽になりました」

 ――新しい事業を次々と始めているのはなぜですか。

 「300軒の農家にじっくり話を聞いて、応援したいという思いが強くなりました。今も集団出荷が中心なので、『個人で良いものを作っても販路がない』と嘆かれる。現場を知るほど、やることが見えてくる。交通の便が悪いなどの理由でシェア畑には厳しい場所では、本気の就農者を探すために人材マッチングサイトを、となりました」

 「それでも人手は足りず、『今そこにいる』シニア層に注目しました。年金を補う程度の収入があればよいシニアは、趣味以上のセミプロとして重要な担い手になれます。人気の有機栽培の技術だけでなく、土地の入手法、農家との付き合い方など必要なノウハウを学んでもらいたいし、できた野菜の販路も用意したい。実践講座の『アグリアカデミア』を開講し、『道の駅』や(市民菜園を備えた公設の)農業公園のバーベキュー場などの運営を引き受けたのもそのためです。一段ずつ階段を準備して、都市近郊農業のプレーヤーの総数を増やしたい」

 ――なかなか同業のライバルが現れませんね。

 「うちはもう一人の創業者が農家なので、必要な農業の知識がある。個々の農地は、大企業が参入するには規模が小さい。一方、中小企業にとっては法制度が複雑で、手続きが煩雑過ぎるんだと思います」

 ――今後の計画は。

 「都市部から離れた地方で宿泊・中期滞在して、農業に参加する仕組みを整えていきたい。シェア畑の利用者のアンケートで多いのは『子どもが野菜を食べるようになった』という声。緑や土に触れ、身近でとれた野菜を食べられる暮らしって、豊かだと思いませんか。その魅力を、都会の人たちにどんどん発信していきたい」