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 6日に原爆の日の式典が開かれる広島市中区の広島平和記念公園は、木々が茂り青々とした芝生が広がる。しかし、そこはかつて、広島屈指の繁華街だった。足元に眠る街の一部を保存・展示しようと、広島市は今年度中に試掘調査に乗り出す。奪われた命や暮らしに思いをはせるきっかけに、と願う。

 「すずりが見つからんかったら、皆さんの前でお話するようなこともなかった」。広島市安佐南区の今中圭介さん(82)は7月末、少年時代の思い出を市民対象の勉強会で語った。

 昨秋、裏面に「初三 今中圭介」と彫られたすずり(縦約13センチ、横約8センチ)が、平和記念公園の地中から見つかった。国民学校初等科3年生の頃、愛用していたもの。公園内の平和記念資料館本館の耐震工事中のことだった。

 自宅は、本館がある付近の旧材木町にあった。一帯には原爆投下前、住宅のほか、銭湯や歯科医院、化粧品店などが立ち並んでいた。調査を担当する市文化財団によると、材木町は広島城築城と同時に整備された最も古い町の一つで、太田川の水運の荷揚げ地で物資の集積場として栄えた。

 父は貿易商を営み、洋風建築の自宅はひときわ目立っていた。今中さんは、中島国民学校(現・広島市立中島小)4年になる1945年4月に、一家で疎開。あの日、爆心地に近い材木町周辺は壊滅した。仕事に出かけた姉博子さん(当時17)は行方不明に。母は83歳で亡くなるまで、姉のため必ず家の鍵を一つ開けて寝ていた。

 「原爆で失われた街のことを知っている自分が話さないと」。73年たち、ようやく公の前で体験を語り始めた。

■長崎に見学施設 広島、今年度…

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